第6話

 放課後はあっという間にやって来た。忘れた振りをしようと思ったが、HRホームルームの最後に釘を刺された。どうやらバックレようとした事はばれていたらしい。


「宮野先生、来ましたよ」

「雨音か、言われた通りにすぐ来てくれて私は嬉しいよ。余計な拳を振るわずに済むことは良いことだからな」


 開口一番、これは酷い。とはいえ、命拾いできたらしい。しかし、このご時世にそんなことを言ってこの人は大丈夫なのだろうか?


「さて、昨日の私の授業を半分近くサボった事について言い訳を聞こうか」


 ご機嫌だ。そんなに俺に罰を与えるのが楽しみなのだろうか。


「なに、真っ当な言い訳なら許してやる。一日あったんだ何かしら考えてきたのだろう?」


 考えてなどいない。しかし正直に答えればさらに俺の罪状は重くなり、屋上への立ち入りについても厳しくなるだろう。そうなれば学校中の屋上ユーザーから非難の目を向けられるのは避けられない。ただでさえ狭い学校内での肩身を、自らさらに狭める気はさらさら無いので適当を言っておく。


「昼寝してました。天気が良かったんでついウトウトと。ギリギリ出席になるように遅刻したのは日頃の行いが良いからか、タイミングよく目が覚めただけなんです」


 俺を特徴的な猫目で凝視してくる。それから、何か思いついたように机の上の書類の山から何かを探しだした。さて何をやらされるんだろうか。


「さて、君への罰が決まった。ついて来たまえ」


 カツカツとヒールを鳴らして歩いていく宮野先生。いつだか連行された時は後ろを付いていく振りをして逃げようとしたが、見事にばれて内臓がダメージを受けた。ちなみに今回は横を歩いている。

 後ろから付いて来るなよ、ストーカーと間違えて撃退しかねん、と釘を刺されたからだ。


 もう、ありとあらゆる行動で釘を刺されてるんじゃないのか、って勘違いする頻度で宮野先生に釘刺されてるよな。呪いの藁人形だってこんなに釘刺されてないだろ。


「で、俺はどこに連れていかれてるんですか?」

「君にも馴染みのあるところだから安心していいぞ。刑期も長ったらしくはないさ」

「刑期って……俺は犯罪に手を染めた覚えはないんですけど」

「似たようなものだろ、君は私の授業に遅刻したんだ。罪には罰を、功には賞を、だ」


 功には賞をって、この人から功と称えられることってなんだ? 想像つかないぞ。賞を与えるところはもっと想像がつかない。

 何を考えてるのかバレたのか、横から強めの視線が向けられる。俺は誤魔化すように執行される罰について思考を戻す。


「着いたぞ。君にはここで働いてもらう」


 連れてこられたのは会議室。確かに俺に馴染みがあるといえば、馴染みがあるんだが。あまり良い思いではない。


「諸君ご要望の雑用、会計要員だ。思う存分使ってやってくれ」

「雑用会計要員って何ですか? せめて説明を」


 じゃあ後は任せた、とだけ言って宮野先生は職員室に戻っていった。そういうところが結婚できない原因なんじゃないかなぁ、と思いました。


「えーっと、2年2組の雨音壮太そうたです。なにも分からず連れてこられたんで一通り説明してもらえると助かるんですけど」

「雨音君だね、生徒会執行部にようこそ。僕は副会長の鎌ヶ谷かまがや晴人はると。奥で忙しそうにしてるのが会長の和泉いずみりん


 生徒会ねぇ。初めましてじゃないし、生徒会というとあまりいい思いでは無いが、本当に俺は何をやらされるんだ? というか外部の人間に雑務はともかく、会計とかやらせて大丈夫なの?


「君が助っ人ね。晴人、とりあえず説明をしてあげて」


 ノートパソコンを弄っていた会長が顔を上げる。目を奪われるほどの美人だった。透き通るようなブラウンヘア。大きくきれいな瞳に通った鼻筋、ほっそりした輪郭。十人中九人は確実に美人だと彼女を評するだろう。


「えー、じゃあどこから説明しようかな。ゴールデンウィーク明けに生徒会選挙があるのは知っているかな?」

「ええ、まあ一応は」

「その少し前、今月末には部費の予算会が開かれる。これも生徒会の管轄だ」


 ふむ、生徒会はいろんな仕事をするんだなぁ。放課後に紅茶を飲みながら優雅になんてのは二次元だけの話かぁ。


「でだ、このとても忙しい時期は例年何とか凌いできたらしいんだが、生徒会への関心が薄いせいか今年は役員が一人少なかった。さらに優秀な会計は進級とともに転校していった。めっちゃ忙しいのに人手が無い。これが現状だ」


 オッケー、完全に理解した。つまり超ヤバいところに俺は連れてこられてしまったってことだ。たかが授業を遅刻しただけで与えられる罰じゃないだろ。もう絶対宮野先生の授業は遅刻しないでおこう。罪と罰の比重が狂っていやがる。


「このことを生徒会の顧問である宮野先生に相談したところ、ちょうど都合のいいのがいるといって君が連れてこられた」


 なんで生徒会の顧問までやってるんだうちの担任は。暇なの? その時間を婚活パーティに割いたほうがいいよマジで。努力しないで結婚したいって言うなよ。まあ、本人に言ったらこの世界とお別れすることになりそうだから言わんけど。


「分かりました。でもいいんですか俺みたいな素人で」

「なに、君の優秀さは聞いているし、心配ない」


 さて、俺のどこが優秀なんだろうか……。

 もしかしなくても文実の件か? そういえばあの人文実の担当でもあったっけ。しっかし、困ったなぁ。祐奈に文実みたいにならないように気をつけろと言われたばかりなのに。


「分からないことがあったら聞いてくれ。短い間だがよろしくな」


 鎌ヶ谷先輩は素敵な笑顔を向けてくる。えー、これ受けなきゃいけないの?

 不意に何かを感じて後ろを見ると宮野先生が立っていた。

 あれ、帰ったんじゃないの?

 こうなったら俺は断れない。


「えぇ、まあよろしくお願いします」


 なんだろう、この気持ちは。これが怖いお兄さんが後ろに控えてる悪質な訪問販売に合う人の気持ちか。

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