第41話
さて、あんなやり取りをしておいて言うのも今さらなのだが、一応ここは公園の広場だった訳だ。周りからの視線というのは、少なからず集まっており、それに気づいた時には、なかなかに恥ずかしい思いをしたということだけは言わせてもらおう。
とはいえ、羞恥に染まるだけで、泣き止んだ芽衣をそのままにするわけにもいかない。芽衣を化粧直しへと向かわせて、一人残った俺は新しく買った缶コーヒーを片手に広場を眺める。
「……泣かせちまったな」
振り返ってみれば、確かに最近は芽衣より他の女子に話しかけられることの方が多かったかもしれない。ただ、話しかけてきたクラスメイト達も悪気があった訳ではないのだ。誰が悪いのか、なんて犯人探しは必要ないのだろうが、もし探すのならきっとそれは俺なのだろう。俺から芽衣に話しかけに行くことはあまりしていなかったわけだし、芽衣が感情を押し殺して抱えてしまうのも知っていたのだから。
それに、こういった形であふれてしまう前にも前兆はあったのだ。偶に、一瞬だけとはいえ、芽衣の表情が曇っていたことや、この間の廊下での独占欲がどうといった話だってそうだったのだろう。気のせいだなんて思わずに、ちゃんと話を聞くべきだったのだ。
反省点をまとめたところで、手元の缶を傾ける。温かかったはずのコーヒーはすっかり冷めきっており、俺を責めるような嫌な苦さだけが口の中に残る。
「お待たせ」
「ああ、おかえり。もう平気か?」
「うん。さっきはごめんね」
「気にしてないよ、俺も悪かったし。とりあえず、これやるから水分取っておきなよ」
そう言いながらレモンティーを芽衣に差し出す。
飲み干した缶コーヒーはすっかり冷めてしまっていたから、あまり温かくはないだろうが、泣いて失われた分の水分補給位はできるだろう。
「ありがと。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「迷惑だとは思ってないから。むしろ、芽衣の本音が聞けて良かった」
「そっか」
俺の言葉に安心したように微笑んだ芽衣は、渡したレモンティーをちびちびと飲みだす。その顔に先ほどまで感じた影はなく、どこかすっきりした様子ですらあった。
「あんまり見られるとちょっと恥ずかしい。泣き痕とかついてるだろうし」
「悪い。でも、平気だと思うぞ」
「そうかな? まあ、壮太がそう言うならそういうことにしとく。それより、行こ?」
いつもの調子を取り戻した芽衣に、案内よろしくといいながら腕を取る。芽衣は少し驚いた表情を向けてきたが、すぐに満面の笑みに変わる。
決意表明といった感じだったのだが、これくらいでそこまで表情を変えてくれるのなら、まあ、続けないわけにはいかないだろう。
「ちょっと待って、バランス取るのむずくない? 壮太、意地悪してないよね」
「してないって。思いっきり漕いじゃうと案外なんとかなるもんだぞ。いざとなったら俺が倒れないように支えてやるから漕いじゃえ」
「言ったね、絶対だよ!」
自転車を降りるときにした約束の通り、今度は芽衣が前に乗ってタンデム自転車は進みだす。
「あっ、ほんとだ。ちゃんと進む」
芽衣の安心したような声と共に、自転車は速度を上げて進んでいく。風を切りながら、先ほどの広場の周りを抜けて、少し落ち着いた雰囲気の道へと自転車は進む。気が付けば同じように自転車をこいでいた人影もなくなっていた。
「壮太、右見て」
軽くブレーキを握ったのか、自転車の速度が少しずつ落ちていくのに合わせて芽衣の声が耳に届く。言われるがままに視線を右へとずらせば、日差しに照らされた竹林が視界に映る。
「竹林まであるのか、すごいな」
「ちょっとさ、京都を思い出さない?」
「嵐山のところだろ。思い出すもなにも、この間の……。いや、もうそれも四か月くらい前の話か」
自転車の速度は、歩くよりは少し早いかもしれないような、ゆっくりとしたままに進んでいく。
「夜に抜け出すのとか初めてだから、ちょっとドキドキしたんだよね」
「そうだったのか。まあ、でも、あの時のライトアップされた景色は綺麗だったよな、月も綺麗だったし」
「また今度も連れ出してね」
振り返りながらそう言った芽衣の髪が竹林を抜けてきた風にふわりと持ち上げられて、まるで何かのワンシーンのように視界に映る。まるで箱入りの御令嬢が、夜の密会後に、次の約束をするようだ。
だから俺も、はいよ、お嬢様。必ずとも、なんて少しおどけたように、けれど思いはしっかり込めて、差し出された手への口づけと共に答えてやる。
ゆっくりと進んでいた自転車はついに止まった。
芽衣を見れば、乗っている自転車のように耳まで真っ赤に染めている。少ししたら、ちょっとー、とか言って振り返ってくるのだろうが、しばらく人も来ないだろうし、その可愛い姿は独り占めさせてもらうことにしよう。
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