第42話
暖かくなってきたとはいえ、まだ三月も中旬。閉園時間に合わせて自転車を返せば、日中の格好では少しばかり肌寒くなってくる。
せっかくのデートがもう終わってしまうのは少し寂しいが、目的もなくふらつくには少し向かない格好なのだ。それに月曜になれば、また顔を合わせられる。
駅へと続く歩道橋をゆっくりとエスカレーターで登りながら口を開く。
「日も落ちそうだし、ぼちぼち帰るか?」
「……壮太さえ良ければ、もう少し遊んでいきたいんだけど」
「まあ、俺はいいけど、行きたい場所でもあるの?」
「いや、その、私が壮太ともうちょっと一緒に居たいだけなんだけど」
先程の件のおかげか、隠しもせず可愛らしいことを言い出した芽衣。もういっそのことうちに連れて帰ってしまおうか、なんて思ったところで、そうだ! と元気のいい声が耳に届く。どうやらなにか思いついたらしい。
「祐奈ちゃんの入学祝いでも買ってあげよ! 頑張ってたわけだし、高校生になると必要なものとか増えるだろうから、なんか使えるやつ」
「まあ、忙しくてあんまりそういう事してやれなかったから俺も賛成だけど、なんか使えるやつって、ざっくりしすぎだろ。祐奈のことだから、芽衣からのものなら何でも喜ぶだろうけど、もうちょい具体的な感じにしてくれ。例えば、なんだ? ……文房具とか?」
「文房具かー。……うん、いいかも。そうしよっか」
適当に思いついたものを言ったのだが、なかなかに良いラインだったらしい。祐奈のことをダシに使うようで少し申し訳ないが、まだしばらく二人の時間を続けられそうだ。
* * *
モノレールに揺られてやってきたのは大型商業施設。
少し早めではあるが、夕飯時ということもあって、施設内はそれなりに混雑していたが、今いる雑貨屋の店内は割と空いている。
芽衣に聞いた話によると、女子に人気な店らしく、学内でも結構な生徒がこの系列で筆箱やシャーペンを始めとする学校生活のお供を買っているらしい。
「芽衣はどういうのが良いと思う?」
「うーん、やっぱり高校生になるって成長したって感じだから、少し背伸びした感じで大人っぽいのがいいかも。入試勉強見たときも、高校生って大人っぽくて憧れるって言ってたし」
「そうなのか」
芽衣や若宮さんは確かに大人っぽく見えるかもしれないから、その辺の影響だろうか。まあ、でも、早く役に立てるようになりたかったみたいな話はしていたし、そういう意味でも、大人っぽいものというのは良いかもしれない。見た目から入るというわけではないのだけれど。
陳列棚の間を縫うようにして進んでいた芽衣は、文房具コーナーで立ち止まると、この辺のがいいかな、なんて言いながら物色し始める。
「そういえば、芽衣もそうだったのか?」
「ん? なにが?」
「大人っぽいのに憧れるって話だ」
「まあ、憧れたかな。っていうか今もちょっと憧れてる」
「そうなのか」
「だから、壮太からもらったボールペンとかお気に入りだし」
「あれか。ちょっと懐かしいな」
芽衣の言うボールペンは、芽衣の誕生日の時に俺が渡したものだ。ターコイズブルーのシンプルながらも洗練されたデザインのそれは、キャップ部分に芽衣の名前が筆記体で刻印されている。
「それで思い出したんだけど、名入れを頼める奴にするのはどうだ? 一応大人っぽさは出るだろ?」
「いいかも! じゃあ、これとかどう?」
芽衣が見せてきたのは、一本のシャーペン。高校生がよく使っているシリーズのものだが、どうやら一段階ランクが高いもののようだ。機能面でも優れているのだろうが、デザインもどこかチープな感じのものから、メタリックピンクの塗装が施され、大人びた雰囲気を漂わせるものになっている。
「シャーペンなら何本あっても困らないし、一番使うからさ」
「何本あっても困らないかはさておき、一番使うのは確かだな」
「でしょっ! ペンとかも考えたけど、せっかくの入学祝いなんだから良く使うものの方がいいかなって」
「まあ、机の中で大事に寝かされるよりは、使ってくれた方がこっちとしても良いもんな」
言いながら、名入れサービスの案内に目を向ける。
そこそこの値段なのだし、俺ら二人からとして送るのなら、芽衣に任せっぱなしにするわけにもいかないだろう。せめて刻印する文字のデザインくらいは俺が選ぶとしよう。そう意気込んだはいいものの、露骨に違うものならまだしも、微妙に違うだけのフォントは区別するのも精一杯。芽衣から預かったシャーペンとフォント表を交互に確認するが、なかなか一つに決められそうにない。
「どう? 決まった?」
「いや、何個かには絞れたんだが、その違いが分からなくて、決めきれないって感じだ」
これとこれ、それからこっちのなんだけどな、なんて表を指差していけば、何が違うの? と返ってくる。どうやら芽衣でも違いがわからないらしい。
「こういう時は直感で選んじゃえば? だいたい一緒だし、外れはしないって」
「じゃあ、……これにするか」
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