第16話

 駅前の広場で、俺はぼーっと待ち人がやってくるのを待っていた。


「お待たせ、雨音!」


 長い金髪は編み込まれ、肩口が大きくあいたレース多めの黒いシャツに、濃いベージュのスカート。そこから伸びる足は黒いタイツで隠されている。いつもより目線が近いのはハイヒールを履いているからか。


「……おう」

「待った?」

「ああ、けっ……俺も今来たところだ」


 あっぶねぇ。いくら待っても、待ったとか素直に言うのはよくない、とさんざん祐奈に言われたのにすっかり忘れて、結構待ったとか言うところだった。


「じゃあ行こっか!」


 さて、何でこんな事になってるんだっけか。



 ことの発端は数日前の夜に遡る。



 帰ってきた両親を手料理で労い、その後片付けをしていた時のことだ。


「祐奈、生活はどう? 困ったことはない?」

「大丈夫だよお母さん。大体のことはお兄ちゃんがやってくれてるし」

「そうなの、壮太?」

「ああ、まあ一応」

「家事ばっかりで他の事が疎かになってたりしない?」

「成績はキープできてるし問題ないって」


 他の奴らが部活やら、友達と遊んでいる時間を家事に充てているだけなので成績維持に問題はない。


「あら、そう」


 それだけ言うと、母さんは祐奈との会話に戻った。因みに親父は、ソファーで爆睡中だ。

 酒飲んで寝るのは別に構わんが、いびきがうるせぇ。


「ねえ、壮太! あんたに春が来たって本当なの?」


 少しすると話に戻ったはずの母さんが、わざわざキッチンにやって来て聞いてきた。祐奈に目をやるとテヘッ、と右手を頭に当て舌を出している。

 可愛いからって何でも許されると思うなよ。まあ、今回はその可愛さに免じて、不問にするけども。


「廣瀬さんって娘なんでしょ。祐奈から聞いたわ」


 で、どうなの? と聞いてくる母さん。罰ゲームで告白されただけです、とは流石の俺も言えないので、適当に誤魔化してしまいたい。


「お兄ちゃん、携帯になんか来てるよ」

「どうせスパムか密林だからほっといていいよ」

「ごめん、開いちゃった」


 まあ、開かれたところでスパムか密林だから、別に気にしないでいいんだけども、勝手に携帯をいじるのはよくないと思うなぁ。ためらいなく携帯渡せる俺が言っても説得力はないが。


「お母さん噂をすればなんとやらだよ! 廣瀬さんからお兄ちゃんにデートのお誘いだ!」


 えっ、見せて見せて、と目の色を変えて祐奈のところに行く母さん。

 頼むから親子そろってはしゃがないでくれ。というか祐奈ちゃん、窓開いてるのに大声出さないの。で、なんだって? 廣瀬からデートのお誘い? 差出人名が知り合いに似てるだけで、間違いなくスパムだな。



 あれは中学生の頃のことだ。



 クラスの女子と連絡先を交換した俺に、一通のメールが舞い込んできた。差出人がその女子の名前で内容はデートの誘い。嬉々として返信した俺の携帯には、メールボックスがパンクするほどの胡散臭いメール。もちろん約束の場所に彼女は来なかった、だってスパムだもん。



 あぁ、なんだか嫌なことを思い出してしまった。


「お兄ちゃん、明日からデートのマナー講習だよ!」

「いや、なんだよそれ」

「私も協力するから安心していいわ」


 祐奈だけでなく、母さんも乗り気のようだ。親父は寝ていて役に立たない。一人呑気に寝やがって。というか、どこに安心すればいいんだ、母さんよ。


「いや、待て、それはスパムだろ」

「お兄ちゃん信じてないの? ほら」


 ずいと差し出された携帯に写し出されたメールの差出人欄には、確かに廣瀬のアドレスが書かれていた。


「これをこうして、こうだ」


 さらに何かを打ち込んでいく祐奈。

 それ、我が物顔でいじってるけど俺のだから。


「いいじゃない、さすが私の娘ね。ナイスアシストよ」


 母さんまで年甲斐もなくはしゃいで、なにがナイスアシストだ。俺に助けはないのか?


「ほらお兄ちゃん、パス」


 先ほどまで我が家の女性陣にいじられていた俺の携帯が返ってきた。ただし画面を通話中にして。


「何やってくれてるの?」


 とりあえず携帯を持って自分の部屋に戻る。階段を上る二人分の足音が聞こえる気がするが一旦無視だ。


『もしもーし? 雨音?』

「はいはい雨音ですよ」

『メール雨音っぽくなかったけど、なんか悪いモノ食べた? 声聞きたくなったから電話する、とか』


 全く身に覚えがない。祐奈め、勝手に変なの送りあがって。これを機にパスコードロックとかかけようかしら。かけかた知らんけど。


「すまん、祐奈と母さんの仕業だ」

『そっ、そうだよね。私びっくりしちゃった。ところで、そのさっきの件なんだけどさ』


 さっきの件ってメールの事か。祐奈と母さんがデートの誘いだ、とか騒いでた。


『月曜日でいいんだよね? 私楽しみに待ってるからっ!』

「おっ、おう」


 ガチャリ、と電話が切られた音が携帯からする。

 えー、何もわっかんないよ。当事者の一人のはずなのに何にも分かんないって、えー。


 結局この後メールを読み返し、部屋の扉にくっついて聞き耳を立てていた二人に話を聞いた。そして、それから今日に至るまでデートのマナー講座が開講された。



 回想してみたが、だいぶ酷いな。ほとんど祐奈と母さんに振り回されただけじゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る