第22話

 クラゲに目を奪われたが、浅瀬のエリアは映画なんかでも題材にされるような色とりどりの魚が多く暮らしており、その小さい体からかガラスで囲まれていることも知ること無いかのように自由に泳ぎ回る姿はなかなかのものだった。

 階段を下りた先にあった深海エリアにいた魚というのが、大きな図体の割にほとんど動かず、砂や岩陰に擬態するように隠れて動こうともしていなかったから、というのもあるのかもしれないが。

 今は深海エリアから伸びている階段を差し込む光の方を目指して上っている途中。どうやらここからは一旦外に出ることが出来るらしい。

 自動ドアに軽く手をかざせば、ビューと身震いしたくなるような冷たい風が出迎えた。眼前にはゴツゴツとした岩山が広がっている。


「可愛い!」


 そんな一言と共に手が繋がれていることも忘れて駆けだした芽衣に、手を引かれるように柵の目の前まで足を運ぶ。


「ペンギンか」

「うん! あ、ほら、あそこ。集まって暖取ってるよ」


 芽衣の指さす方へと視線を向ければ、もこもことした塊のように集まって、暖を取っているかのようにも見えるペンギンの群れがあった。そこを中心に岩山を見回せば、水槽に飛び込む姿や、飼育員用の出入り口前で、餌を今か今かと待っているような姿も目に入る。

 そんな中、群れから少し離れたところでのんびりとしている一羽の元へ、群れの中にいた一羽が寄り添おうとして近づいていく姿に目を奪われた。

 元々一羽でいたペンギンは場所を譲るようにして、もう一羽から距離を取ったように見えた。だがやってきた一羽のペンギンは場所が目的ではなかったようで、ペンギンの方へと寄っていく。やがて二匹はピッタリとくっ付いて互いに毛づくろいをしながら鳴き交わし始めた。

 どうやらカップルだったようで、場所を移動したのも狭かったかららしい。だが、そう見えてしまったのは、良く知る姿に重ねてしまったからだろうか。

 そう思ったのは俺だけではなかったようで、芽衣の視線もそちらに向けられており、ポツリと私たちみたいと溢したものが耳に届いた。


「写真、撮ろうよ」

「いいけど」


 手を解いて一歩引こうとしたところで、手が強く握られる。


「一緒にね。一人で映ってる写真はいらないって」

「お、おう」


 指の代わりに腕が絡まり、いつもより少し近い位置に芽衣の横顔がやってくる。


「はい、ちーず」


 カシャっと今日だけで何度も聞いたシャッター音が耳に届く。

 画面には楽しげな芽衣と、つられたように笑う俺、そのちょうど横にくるように件のペンギンたちの姿が映っている。いい写真だと思った。二匹のペンギンが寄り添うまでの過程を見ていたから尚の事そう感じているのかもしれないが、それが分からなくてもそうに違いない。


 俺たちが映っていないペンギンだけの写真も何枚か撮って、少し体の芯が冷えてきたところで、館内へと足を踏み入れる。

 その暖かさにふー、と息を吐く音が重なって、笑みがこぼれる。少し階段を下りれば、先ほどの順路へと合流する。

 その途中にあるのは先ほどペンギンたちが飛び込んでいった水槽。

 その中には、まるで飛んでいるかのように自由に泳いで見せるペンギンの姿がある。

 その様子に感心しながら眺めていると、芽衣が思い出したように言葉を溢した。


「ペンギンってさ、同じパートナーと添い遂げることが多いんだって」

「らしいな」


 外にもあったが、すぐそこの解説ボードにもそんなことが書かれている。何でそんなことをわざわざ口に出したのか、なんて野暮なことを聞くつもりはない。

 芽衣が思うところに心当たりはある。だが、口にするのははばかられて、だから、手を取って答えることにした。


「え?」


 少なくとも俺は徹底して突き放されて、二度と顔も見たくないなんて言われない限りは手放さないと、そういう言葉はまた後で。今はこれからの話をしよう。もうすぐ出口だが、別にそれで終わりというわけではないのだし。


「この後は本屋に行って、適当な本を見繕って、それを喫茶店で読みながらのんびりするんだろ?」

「えっ、うん。……でも、待って、その前にお土産見てこうよ。きっと写真だけ見せても唯織はともかく、朱莉は拗ねちゃうだろうからさ」

「それなら行かないとだな」



 数多の水槽に挟まれた順路を巡り、最後にある明るい回廊を抜けた先には、レストランやショップのあるエリアがある。

 そこのショップから紙袋片手に出てきた二人の携帯には、くっつけると寄り添っているようになるペンギンのキーホルダーが結ばれていた。

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