第23話

 水族館を後にして、フラフラとやって来たのは大型書店。

 祐奈の相手でここ一か月ほど来れていなかったので、初めて見るような新刊も多い。いつもなら、飛びつくようにしてかごに入れていくのだが、芽衣の前というのもあって、その一歩を踏み出さないようにグッとこらえた。


「壮太は普段どんな感じの読むの?」

「俺? まあ、ミステリとかがメインかな。有名どころはそれなりに持ってると思うから、読みたければ貸せるけど」

「じゃあ、壮太が読まなそうな恋愛ものでも探そうかな」


 そう言って恋愛もののコーナーへと足を進める芽衣に手を引かれるがまま、本棚の前へとやって来た。

 時間のおかげか、店内には客の姿もあまり多くないのだが、このコーナーはそれなりに人が来ていた。やはりというか、なんというか、俺らと似たようなカップルの姿もいくらかみられる。


「壮太はどうやって本選んでるの?」


 普段読んでいるものよりもいくらか明るい表紙をぺらぺらとめくって眺めていると、芽衣は少し覗き込むようにして控えめな声をかけてきた。


「裏のあらすじで気になったやつか、表紙か、帯だな」

「綺麗な表紙のやつ多いもんね」

「そうそう。表紙だけ見て買ったりするくらいだし」

「えっ? 表紙だけ?」

「まあ、俺は読めればなんでもいいみたいなところあるから」


 えーと言いながら苦笑いする芽衣に、まあ、ちょっとした運試しみたいな感じだよ、と言って、適当に気になった表紙のものを一冊手に取ってそのままかごに入れた。


「じゃあ、俺はこれにするわ」

「本当に表紙で選んだの!?」

「まあな。他に買うのもあるし」


 そう聞いて少し焦ったように本を探し始めた芽衣に、ゆっくりでいいからなと声をかけ、棚に並ぶ背表紙を目で追う芽衣の横顔を眺めながら、横目で芽衣の視線の先を追ってみる。

 芽衣は俺が普段読まないようなものに興味を惹かれて、眺めるのを止め本をめくりだすのだが、その光景がメガネをかけているというのもあって、やたらと知的な文学少女っぽくも見えてくる。


「ちょっ、あんまり見ないでよ恥ずかしい」

「お、おう。すまん」


 もーと小さく溢しながら、また背表紙を眺め始めた芽衣の頬は僅かに赤く染まり、より一層可愛らしさを増してくる。近くにいてはまた目を奪われてしまいそうなので、ちょっと新刊も見てくるとその場を後にした。



 この後もデートが続くのだからと気を付けて、悩みながらもかごに入れる本を数冊に絞ってから戻れば、そこにはちょうど男に声をかけられている芽衣の姿があった。芽衣の顔には少し面倒くさそうな、なんとも言えない表情が張り付いている。

 ペアリングの存在も見せつけるように右手をそっと前に出して、芽衣と男の間に割って入る。


「あの、俺の芽衣になんか用ですか?」


 そこまで良い方ではない目つきに睨みを乗せて、そんな言葉を男に吹っ掛ける。

 少し固まった男と、手を上げられたら負け確定だよなという心境を隠すように目に力を籠める俺。そして、俺の服の裾を軽く引っ張った芽衣。


「そ、壮太。別にナンパじゃないから。中学の時のクラスメイト」

「え?」


 芽衣の言葉に続けるように、ど、どうも、と軽く頭を下げられて、間の抜けた声が思わず零れた。


「中学の同窓会がこの間あったんだけど、それに顔出さなかったの。で、見かけたからどうしたのかって声かけてくれたみたい」

「あー。……なんか、早とちりしちゃって本当、すみません」

「いや、なんかこっちこそデート中だったのに、邪魔しちゃって、すみません。廣瀬もデート中なら教えてくれよ」

「ごめん、ごめん」


 ぺこぺこと頭を下げあったのちに、この場を後にした名も知らぬ芽衣の元クラスメイト。その背中が完全に見えなくなったのを確認してから、顔を手で覆い情けなく息を吐きながら座り込む。

 あー、もう、恥ずかしい。恥ずかしくて芽衣の顔もまともに見れない。穴があったら入りたいとはまさにこのことだろう。


「壮太、大丈夫?」


 笑うのをなんとか堪えているのか、いくらか震えた声の芽衣が声をかけてくるが、正直大丈夫じゃない。慣れないことをした挙句、それが勘違いとか超恥ずかしい。今夜は布団で発狂するまであるぞ。


「いや、あんまり大丈夫じゃない」

「まあ、カッコよかったよ。それに助かったし」

「そ、そうか?」

「うん。次は顔出しに来いよとか色々言われてちょっと困ってたのも事実だし」


 はははと少し乾いた笑いと共に頬を掻く芽衣の姿は、その言葉が嘘ではないと言外に示していた。それに少しの安心感を覚えて立ち上がる。


「同窓会、行けばいいじゃん」

「壮太は同窓会行きたい?」

「え? 突然どうしたの。いや、まあ、高校のなら何年後かに行くのはいいけど中学はごめんだな。あんまりいい思い出ないし、俺が行っても空気悪くするだけだからな」

「そういうこと。私もあんまりいい思い出ないし、っていうか、そもそもみんなで共有するような思い出がある訳でもないから」


 そう言いながら髪をくるくると弄る芽衣。その様子は少し寂し気な気がして、教室での芽衣ばかり見ていたら、とてもじゃないがこんな姿、想像もつかないのだろうなとひとりでに思う。


「あー、その、なんか、悪かったな」

「いいって。今は楽しいし、壮太もいるから」

「そ、そうか」

「ほら、それよりさ、早くデートの続きしよ。この後は喫茶店だっけ」

「あぁ、うん」


 いつかこんな日を懐かしむ日が来るのだろう。そんな将来のことをゆっくり思うこともできないくらいに、手を引いていく芽衣に待ってくれと言いながら足を踏み出した。

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