第34話

 芽衣に桃を食べさせた後は、何とも言えない空気になってしまったので、今日の授業範囲と提出物を教えてやった。

 そのまましばらく話していると、芽衣はまた寝てしまったので部屋を後にする。


「すみません、このお皿どこに置いとけばいいですかね?」


 キッチンで料理をしている芽衣のお母さんに声をかけてみる。


「ああ、そこに置いておいてくれればいいわよ。芽衣は寝ちゃった?」

「はい。なので、そろそろ」


 もう用も済んだしお暇したい。アウェー過ぎて居づらいし、時計の針は6時を回ろうとしているのだ。祐奈には、先生に仕事を頼まれて、いつ帰れるかわからないから、外食して帰ることになる、と連絡してあるから長居してもいいのだが、普段なら料理をしている時間なので、なんだか落ち着かない。


「あら、ゆっくりしていっていいのよ。雨音君の分もご飯作っちゃってるんだもの」

「いや、そんな申し訳ないですよ」

「食べていくものだと思っていたのだけど、ダメかしら?」

「まあ、遅くなる気はしてたんで、外食するつもりでしたけど」

「じゃあ決まりね」


 なんだろう、ふわっとした感じなんだけども、この押しの強さは。断れない。


「それなら少し手伝いますよ。これでも毎日料理してるんで、少しくらいは力になれると思うので」

「あら、嬉しいわ」


 何もしないで夕飯ができるのを待つのもあれなので、手伝いをすることにした。手を洗いキッチンに戻ってくる。


「とりあえずこの辺を切ってもらえるかしら。今日の夕飯は生姜焼きにするつもりだから、その付け合わせにね」

「はい」


 渡された野菜をささっと切っていく。俺の手際の良さに芽衣のお母さんは驚いているようだ。付け合わせを代わりに作ってみてということで、コンロの方に立つ。人のキッチンというのは、自分のキッチンと違うので、いつもの感じで調味料を取らないように気を付けないとだな。あとは、朱莉ちゃんと拓弥くんに合わせた味付けにしないとだよな。


「ところで、雨音君はうちの事情をどれくらい知っているのかしら?」


 並んで料理していると、突然そんなことを聞かれる。


「唯織さんに多少複雑だと聞いたくらいですけど」

「そう、じゃあ、最初から話しておくわね。雨音君には知っておいてほしいし」

「はあ」


 なんでか知らんが、廣瀬家の事情とやらを聞くことになった。料理は俺が手伝ったことで、多少時間に余裕ができたらしく手を止めている。


「端的に言ってしまうのならばうちの子達って、少し複雑な関係なの。芽衣から見れば、両親共が同じ下の子は唯織だけなの」


 なるほど、とだけ相槌を打つ。

 なんか、この時点でもう想像してたよりだいぶ複雑な気がするんだけど。


「拓弥とは血がつながってないし、朱莉は父親が違う。原因は5年前に私が再婚したことなの。それで向こうの連れ子が拓弥、今の旦那との間の子が朱莉。芽衣からしたら、突然父親と弟ができて、私が妊娠して、さらには進学して環境が変わってで、いっぱいいっぱいだったんでしょうね。あんまりよくない子たちと付き合うようになったり、髪を染めたりしだしたの」


 もとは私似の綺麗な黒髪だったんだけどね、と続ける。

 黒髪の芽衣か、それはそれで気になるな。などと考えて、軽く現実逃避をしてみたりする。


「なるほど。でもなんでそんな話を僕に?」

「去年の末くらいだったかしら、芽衣がまた自然体で笑ってくれるようになったの。それまでも下の子たちの相手はしてくれてたんだけどね。それに、学校のこともよく話してくれるようになったし」


 それは、反抗期が終わっただけじゃないのですか? などと野暮なセリフが頭に思い浮かんだが、それはごくり、と飲み込んで話の続きを聞く。


「その話にはいつも決まった男の子が出てくるから、きっとその子が芽衣を戻してくれたんだ。そう思ってね」


 去年の末とか、俺は芽衣と違うクラスだったし、ほとんど接点が無かったよな。俺、関係ないんじゃない?


「その男の子が雨音君だと思ったの」

「何でですか?」

「私からは言えないから、母親の勘、いや、女の勘とでもしておこうかしら」


 言い直したのは、思うところがあるからだろう。というか、やりづらいなぁ。


「まあ、いきなり言われて困ってるだろうけど、私があなたに感謝してるって言いたかっただけよ」


 何とも言えない空気になり、手を動かし始めると、今日のご飯何? おなかすいたー、といった声が聞こえてくる。


「おにいちゃんだ!」

「おう、お兄ちゃんだぞ」

「うちに子たちに懐かれてるのね。手伝いはここらへんで大丈夫だから、あの子たちの相手してあげて」

「はい」


 手を洗いリビングに戻ると、待ってましたと言わんばかりに、拓弥くんと朱莉ちゃんに両の手を引っ張られる。その先のローテーブルには課題を持った唯織ちゃんもいて、同じように待ってましたと言わんばかりの視線を注いでくる。

 もうひと頑張りしなきゃならないのか。体力持つかなぁ。

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