第33話
ついに来てしまった。駅からバスに乗り、バス停から少し歩いたところに位置する一軒家。表札には廣瀬と書かれている。
「あの」
「すっ、すみませんっ。怪しいものじゃないんですっ」
先ほどからインターホンを押せず、下校途中の中学生に変な目で見られていたが、ついに近所の人から声をかけられてしまった。
しょうがないじゃん、女子の家のインターホンとか押したことないし。何なら、男友達の家のインターホンも押したことがないまである。
「何やってるんですか、雨音さん」
「いや、その、お姉さんのお見舞いに来たんだけども」
「なるほど! じゃあ、とりあえず上がってください」
俺に声をかけてきたのは、芽衣の妹ちゃんの一人、唯織ちゃんだった。
近所の人や警察じゃなくて良かったぜ。しかも、インターホン押すとかいう難関をスルー出来た。これはありがたい。正直、親御さんが出てきた時の気まずさは異常、だと思う。あくまで想像だけど。
「ただいまー!」
「えっと、お邪魔します」
「唯織、おかえり。そちらは、唯織の彼氏さん?」
「違うから。お姉ちゃんのお見舞いに来た、お姉ちゃんのお客さん」
「雨音壮太です。芽衣さんにはいつもお世話になっています。芽衣さんが風邪をひいたということで、お見舞いに来ました」
俺と唯織ちゃんを出迎えてくれたのは、芽衣が年を重ねたらこうなるんだろうな、と思えるような美人なお姉さんだ。芽衣と違い黒髪でどことなく落ち着いた雰囲気が漂っている。
「唯織ちゃん、芽衣の上にお姉さんいたの?」
「いや、私たちのお母さん」
「ご丁寧にどうも。芽衣や唯織のお母さんです! 子供たちから話は聞いてるわ、よろしくね雨音君」
一瞬理解が追い付かなかった。この人が廣瀬姉弟のお母さんだって? 二十代後半くらいにしか見えないんだけど? 宮野先生と並んで、実は同い年ですって言っても納得できるレベル。これが美魔女とか呼ばれちゃう人か。
「こちらこそよろしくお願いします。あと、これお見舞いにと思って」
とりあえず祐奈が風邪を引いた時に欲しがるものと、頼まれていたものが入ったレジ袋を差し出す。
「あら、わざわざありがとうね」
「あれ、兄ちゃんだ! 遊びに来てくれたの?」
廊下に出てきた、拓弥君が俺を見るとすごい勢いでこちらにやってくる。
「拓弥、雨音君は芽衣のお見舞いに来たのよ」
「なんだぁ」
興味をなくして部屋に戻っていく拓弥君。ごめんね。でも、芽衣のお見舞いを完遂しないと、あーしさんっていう怖いお姉さんに俺が絞められちゃうから。
「玄関で長々とごめんね。芽衣の部屋は階段上ってすぐの部屋よ。唯織との相部屋だから二人っきりにはなれないけどゆっくりしていってね。あの子喜ぶと思うから」
「あー、はい」
いつの間にか置かれていた来客用のスリッパを履いて階段を上る。ここが芽衣の部屋か。入るのを少しためらっていると、扉が開く。またしても唯織ちゃんだ。
「お姉ちゃんなら今起きたところですよ。着替えたりはして無いので、入っても大丈夫ですよ」
「じゃあ、失礼して」
唯織ちゃんが開けた扉をくぐり、部屋に一歩入ると、いかにも女子の部屋! という感じの甘い香りが、次にファンシーな雰囲気の室内が視界に入る。甘い香りが、とか自分で思っといてなんだが、気持ち悪いな。
「調子はどうだ?」
「えっ、ちょっ、待って」
いつもの芽衣のイメージとは違い、可愛らしさを前面に押し出した、かろうじて中学生が着てそうなパジャマを着ていたが、俺が一声かけると、すごい勢いで布団を被ってしまった。
「なっ、なんでここにいるの? てか、パジャマ見た?」
「見舞いに来るって言ったろ。あと、パジャマはちょっと見ました」
信じらんない、着替えるからちょっと出てて、と言われて廊下に出ることになった俺。
しかし元気そうだな。いいんだけど見舞いに来る必要あった? あの俊敏な動きは病人には無理だと思うんだけど。
「あれ、どうして廊下に?」
「着替えるからって言われて追い出された」
「ちょっとこれ持って、むこう向いといてください。あとでお姉ちゃんに食べさせてあげてくださいね」
渡されたのは、リクエストされた桃の缶詰を皿に空けたものだ。一方後ろの部屋からは唯織ちゃんが芽衣に何か言っているのが聞こえる。
さらに待つこと数分。ようやく唯織ちゃんから入っていいですよ、と声がかけられる。改めて部屋に入るれば芽衣は着替えておらず、しっかりと布団に入っていて、唯織ちゃんが芽衣が着替えようとしていたであろう服を持って出ていく。
「えっと、とりあえず、これ食べるか?」
「うん、食べさせて」
口を大きく開けて、こちらを見ている芽衣。マジで? 食べさせるの? 桃に視線を落としてから、もう一度芽衣を見ても様子は変わらない。
「早くしてよー、口疲れる。あーん」
「はいはい、あーん」
心を無にしたいが無理っぽいので、祐奈が風邪を引いた時にするのと変わらない、と何度も自分に言い聞かせて芽衣の口に桃を入れる。皿の中にはまだ沢山の桃が残っている。桃をよく噛んで食べた芽衣は、また口を開けてこちらを見ている。まだやるの?
結局、皿の中の桃がなくなるまで芽衣に食べさせた。いうまでもなく精神を消耗した。もう二度とやりたくない。
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