第32話
カバンの小さいポケットを探す。中学生の頃から使っているこのカバンからは、折り畳み傘だけでなく、レインコートも出てきた。
「ほれ」
定期的に行われる置き傘の回収から逃すために、下駄箱の上に置いてある大きい置き傘をバカップルに、芽衣には折り畳み傘を渡し、俺はカバンの奥底のポケット部分にあったレインコートを着る。
「フラグが折れる音がした」
「流石、雨音君だ」
いったい何のフラグが折れるというのか。あと、若宮さん流石って何だよ。
「莫迦なこと言ってると傘返してもらうぞ」
「雨音は準備が良くて流石だな」
「なんでレインコートあるの?」
「中学の頃はチャリ通で、カバンにレインコート入れてたんだよ。でもって高校入ってからも、カバンを変えてない」
「出さないとだよなぁ、って思ってたけど、そのまま忘れちゃったパターンだ!」
「そういうこと」
中学を卒業した時からずっと、カバンから出すのを後回しにし続けていたが、まさかこんなところで役に立つとは。若干小さい気もするがこの際いいだろう。
「なんか悪いことしてる気分だ」
昇降口を4人で出て、駅に続く道を歩く途中、篠崎がそう口にした。
「何がだ?」
「いや、傘を俺らが借りて、お前ひとり傘さしてないじゃん」
「今更だろ」
もう学校より駅の方が近くなってから言うか? それに、レインコート悪くない。両手開くし、全然濡れない。めっちゃ蒸れるけど。ダメじゃん。
「駅ついたら、傘返すよ」
「いや、バス停から少し距離あるって前言ってたろ。俺は濡れて無いし、いいから」
篠崎の余計な一言のせいで、芽衣が俺の事を気にしている。どうしてくれるんだ、と抗議の目を向けるが、もう目を合わせる気もないらしく、楽しそうに若宮さんと喋っている。若宮さんの方にも視線を向けるが、こちらに興味も示さない。傘だけが目当てだったのね、ひどいわ! 自分で思っといてアレだが、気持ち悪いな。
他愛もない話を芽衣としながら歩くこと数分、ようやく駅前についた。バカップルこと、篠崎と若宮さんはここから電車に、芽衣はバス、俺はこのまま歩くので、ここで解散だ。
「傘返さないで本当に大丈夫?」
「気にすんなって。あの二人ほど気にしないのもどうかと思うが、今傘返してもらって、風邪ひかれても困るし」
「ありがとっ! 明日返すから」
「はいよ。じゃあ、また明日」
「またねー」
ブンブンと手を振る芽衣。別れのたびにブンブンと手を振るものだから、ずいぶん見慣れてしまった。
さて、これで俺が風邪でもひこうものなら、芽衣は責任を感じるだろうし、下手すれば芽衣、若宮さん、篠崎の3人で見舞いに来ることになるかもしれん。そう思った昨日の俺は、帰るや否や温かい風呂に入り、湯冷めにも気を付け、夜は暖かくして眠った。その甲斐あって、今日の俺はピンピンしている。
早寝もしたし、ゆっくり休めたので、普段より元気2割増しで登校した俺だったが、教室に入って目にしたのは、マスクをしてせき込む若宮さんと篠崎。
なんでだよ。二人揃って入るにもそこまで問題ないサイズの置き傘だったろ。風強い日はやたらと風にあおられるし、ひっくり返りやすいけど、昨日はほぼ無風だったじゃん。風邪ひくほど濡れる要素なくね?
「雨音、芽衣休みだって」
えっ、芽衣も休みなの? なんで傘を貸りて風邪ひくんだよ。俺の傘にはウイルスが付着してるの? 雨音菌なの? っていうか、なんでそれを俺に言うんだよ、あーしさん。
「さようで」
「風邪ひいて、熱もあるらしいから、見舞いに行くんだよ」
「えっと」
「いいから行けし」
「ハイ」
怖い、怖いよ。それと怖い。なんでそんなに睨みつけるの?
見舞いに行くといった趣旨のメールを送り、住所と欲しいものを聞き出したまではいいものの、女子の家に行くことなんて初めてだ、と意識してから授業に集中出来ない。今日の授業はすでに予習している範囲で、軽くノートを取るだけで済むが、そのせいで余計にいろいろ考えてしまう。予習していない範囲だと、集中できずに大変なことになると思うし、良いか悪いかは不明だ。
時間というのは嫌な奴で、過ぎて欲しくない、と思えば思うほどに早く過ぎていく。まあ、実際はこちらの認識の問題なのだが。
俺が要らん緊張で、腹痛に襲われだした昼休みに、篠崎と若宮さんは早退した。
仲良く風邪ひいて、仲良く早退するとか、どんだけ仲良しなんだよ。とクラスメイトが言っていたのは結構印象深い。一緒に風邪ひいて、一緒に早退するのが、仲の良さの証左だというのなら、俺も篠崎と仲いいし、早退すればよかった。
余計なことを考えても気が紛れることは無く、いい加減昇降口を出ることにした。
このままここでボーっと現実逃避したところで、見舞いに行かなきゃいけない事実は変わらないし、下校する生徒に変な目で見られるし。それに何より、あーしさんたちも来ちゃうだろうし。
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