第35話
中間試験開けはイベントも少ない、といつだか篠崎が嘆いていたが、振り返ってみるとそんなことは無かった。試験の打ち上げ兼、芽衣の誕生日会に、プール掃除に、芽衣の見舞い。たかが2週間で起きたこととは思えないほどに濃密だった。普段遊んだりしない俺にとっては新鮮だったが、それ以上に疲れた。
そんなことを考えながら、ソファーで寝転がっていると祐奈が降りてくる。
「お兄ちゃんが、試験前の休みなのにソファーで伸びてる」
「お兄ちゃんは疲れてるんだ、そっとしておいておくれ」
というか驚きすぎだろ。俺とて人間だし、疲れてやる気が出ないこともあるんだよ。
「じゃあ、勉強見てよ。明日から試験なの」
「ねえ、ちょっと、話聞いてた? お兄ちゃんお疲れなの」
「いいじゃん、中学生の範囲なんて簡単でしょ」
「何がわからんの? 出題範囲? それなら諦めた方がいいよ」
「お兄ちゃんは知らないだろうけど、最近の中学生は出題範囲くらい連絡ツール使って聞いたりできるんだよ」
ドヤッ、と携帯の画面を見せてくる祐奈。
映し出されている画面を見てみると、祐奈が出題範囲を聞いたのは今朝のようだ。大丈夫か、お前受験生だろ? それでいいのか?
やる気は出ないし、疲れは取れないが、困った妹の勉強でも見るか。ここ最近勉強教えられてなかったし。
「はいはい、俺には出題範囲を教えてくれる友達はいないよ」
出題範囲をつい忘れてしまった昔の俺は、とりあえず広めに勉強して試験に臨んだことがあるのだが、出題範囲外の解き方をして点数を貰えなかったことがある。あの時のことを指して言っているのだろう。しかし、答えが合っているのに、解き方が違うからって点数にしない教師は何なんだよ。そんなに大事か? 範囲外でも簡単な方でやった方が間違いが少なくていいだろ。あー、思い出しただけで腹立ってきた。絶対に許されないリストに入れておこう。
「で、どこがわかんないの?」
「間接疑問ってやつです! さっぱり分かりません」
ビシッと敬礼をして、そう言う祐奈。
さっぱり分からないって、俺がここで伸びてなかったらどうするつもりだったの? 今回の試験範囲のほぼ半分じゃん。
「そりゃヤバいな。教科書持ってきて」
あいあいさー、と言って部屋に教科書を取りに戻る祐奈。
疲れを癒すのは無理そうだが、この際仕方ないだろう。祐奈の勉強を見るのは、父さんと母さんから頼まれてることだし。
戻ってきた祐奈から、教科書を借りて軽く目を通してから教え始める。よりにもよって英語の試験は明日らしいので、基礎と一緒に出題率の高そうなところを叩き込む。
教え始めて1時間といったところで、祐奈の集中力が切れてきた。
「少し休憩するか」
「やったー! 私カフェオレね」
教えてもらう側だったというのに、飲み物を用意する気はなく、それどころか俺にやらせるつもりらしい。妹じゃなかったら一発は殴っていただろう。
「そういえば今週は帰ってくるのが遅かったけど何してたの?」
ご要望のカフェオレとコーヒーを持って机に戻ると、祐奈がそんなことを聞いてくる。
「色々あったんだよ」
「色々じゃ分かんないよ。私がお兄ちゃんと15年も暮らしてきたからって、何でも分かると思わないでね」
はぐらかしたことを分かって言っているあたり、カフェオレのお供にするから話せということらしい。そんなに面白い話ではないんだけどなぁ。
「どの辺を話せばいい?」
「この間の2日連続で帰りが遅くなった辺り」
「まあ、大したことは無いよ。プール掃除で先生怒らせて居残りさせられたってのと、めっ。廣瀬の見舞いに行っただけ」
祐奈は2つ目の方に興味を持ったらしく、目を輝かせてこちらにぐいと寄ってくる。俺的にはプール掃除の話が一押しなんだが。篠崎がバケツの水を先生にかけたとことか、ある種の感動すらあったからな。
「プール掃除の話は別に興味ないからしないでいいよ。それよりお見舞いだよ、お見舞い」
「そんなに面白いことは無かったぞ。ただ見舞いに行ってきただけだし」
「嘘だね、お兄ちゃんは嘘を付くとき鼻がピクピク動くんだよ」
えっ、マジで。知らんかった。誰も指摘してくれないから、というか指摘してくれるような友達がいないから、気付かなかった。これからは鼻を隠して生きていくしかないか。
「まあ、嘘だけど。その動揺の仕方はやっぱり何かあったね」
誘導尋問とは卑怯な。いや、誘導尋問ではないか。俺は何も喋ってないし。
「あーん、でもしたの?」
「なぜそれを……」
「冗談で言っただけなのに、えっ、ほんと?」
「ほんとだよ、向こうから食べさせてくれって」
「やったねお兄ちゃん、脈ありだよ。ありありだよ。これはもう廣瀬さんとくっつくしかないよ。お兄ちゃんに春が来てるんだよ」
「いや、そんなことないだろ」
大体、廣瀬が変わったのは去年の末で、俺とは関わる前の事なんだし。とそこまで思ったところで、祐奈がいつだかこぼした言葉を思い出すが、そんなご都合主義的展開はラノベ主人公でもなきゃありえない。頭を振って莫迦な考えは忘れておく。
「他には? ねえ」
「次の休憩の時な。このままだと赤点なんだから」
「しょうがないなぁ」
何がしょうがないだ。こっちが勉強に付き合ってやってるというのに。
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