出会いの話は浴槽で
「文実の集まりの初日に、文実の中で役割を決めたの。で、私と壮太はじめとする1年生と、少しの上級生が雑務に振り当てられたの」
唯織は、へー、それで、と相槌を打って続きを促してくる。
「最初は予定通りどころか、少し先の作業まで前倒しでできるくらい順調だったの。雑務って役職は最初の方、やることが少ないんだけど、後半はやること多いからって前倒しで進行してたの。なのに、雑務の一番偉い上級生が実行委員長に順調に進んでるから、自由参加にしてもいいんじゃないかって言っちゃったの」
「うわぁー」
唯織は私に対して顔がどうだ、と言えないんじゃないかってくらいの顔をしている。
「で、普段ならそういう要求は生徒会が駄目だって言ってたんだけど、生徒会は文化祭の後でやる体育祭の実行委員会に顔出してていなかった。委員長もやりたいってタイプじゃなかったから、それを承認しちゃったの。その結果、私みたいにじゃんけんで負けて実行委員になった人はほとんど来なくなったの」
「うわぁー」
唯織は先ほどよりも嫌悪感を込めて、そう言った。
「で、まあ、当然の結果として、前倒しして作った余裕はあっという間に無くなったの」
まあ、当然だねぇ、といった唯織はいつの間にか、体を洗い終えていたようで、浴槽に入ってくる。
比較的大きめの浴槽だけど、二人で入るにはさすがに少し狭い。
「とはいえ、やらない訳にもいかないから、最初と比べたら半分も残ってない会議室で、残った人たちと作業してたの」
「元々って何人くらいいたの?」
「60人近くかな。一クラス2人ずつで1学年10クラスあるか、ないかくらいだから」
「お姉ちゃんもよくやるねぇ」
唯織は感心しているのか、呆れているのか、適当な調子でそう言ってくる。
「まあ、理由はどうあれ、そうなった以上役割はしなきゃじゃん。で、まあ、雑務は私と壮太ともう一人の子で何とか回してたんだよ。ほとんど壮太がやってたんだけど」
「雨音さんすごいね」
私もそう思う。20人で分担する予定の仕事の半分以上を壮太が一人で片付けてたし、私たちに大変なのが回らないようにしてたし。
「そうなの!」
分かったから続けて、と唯織は言ってきたので、私は続きを口にする。
「壮太のおかげで何とか回ってた雑務なんだけど、文化祭が近づくと、他所で手が回らなくなったものがとにかく回ってくるの」
唯織の顔がどんどんと酷くなっていく。せっかく美少女だというのに台無しだ。いや、まあ、当時の私もそんな顔してた気がするけど。
「で、どうなったの?」
「このままだと不味いけど、今更立て直すのも、どうしたらいいのかってタイミングで、生徒会と先生が立て直しに入ってくれたの。委員長と
「えっと、生徒会とか先生ってもっと早く介入するものじゃないの?」
首をかしげて聞いてくる唯織。
まあ、私もそう思ってたし、普段はそうだって先生も言ってたからなぁ。
「まあ、普通ならそうらしいんだけど、去年は生徒会も先生も忙しかったんだって。原油価格が上がって、修学旅行の飛行機代が値上がりしたとかで、他を削って集めた予算で納めるのか、追加徴収するのか、みたいなことになったみたいなの。そのせいで毎日あちこちと話し合って、保護者に説明会開いて、しなきゃいけなくなったみたい」
他にも、文化祭に、体育祭とイベントが続いた直後にある定期試験の問題を作ったりしなければいけないらしく、この時期の先生は大体元気じゃない。
「そういえば、原油価格の上昇あったね。でも、その皺寄せそんなとこまで行くんだ」
「ね、私もそう思った」
今でも先生の疲れ切った顔は鮮明に思い出せる。なんなら疲れ切った先生を見て、あー、働きたくないなぁって壮太が言っていたのも覚えている。すごい速度でキーボード叩きながら言うものだから、思わず笑ってしまったことも。
「お姉ちゃん、思い出に浸るのもいいけど、せめて最後まで話してからにしてよ」
「ごめん。で、まあ、応援が来て、とりあえず回りだしたの。でも、先生も生徒会も忙しいのに、なんでタイミング良くこっちにこれたのかな、って思って聞いてみたの」
「まあ、確かにタイミング良すぎるよね」
「そしたら先生は、雨音が文実がやばいって言ってこの紙を出してきたんだ。いつもなら、高校生なんだしどうにかしろって言うんだが、それすら予想してたのか、進捗と全員の参加率がこの紙にはまとめてあるんだよって紙を見せながら言ってきたの」
「え、待って、雨音さん仕事の半分くらいしてたんでしょ。さらにそれまで?」
唯織がずいぶんと驚いているのが、顔からも声からも分かる。当時の私だって驚いた。周りが会議室の中でしかやってないのに、持ち帰ってやってたのも分かったし。
「そう。しかも本人は、そんなことしてないみたいな顔で普通にしてるの。聞いてもはぐらかされたし。で、まあ、何とか間に合って文化祭当日を迎えて、成功って形には収まるの。でも、後夜祭には壮太は来ないし、壮太がやったことなんて知らずに、さも自分たちが成功の立役者だみたいな顔して、私に絡んでくる人ばっかりで、なんか、あー、って思って後夜祭抜けてきたの」
「まあ、知ってれば確かにそうなるね」
唯織はうんうん、と頷いている。
「で、それからは唯織には偶に話したように、壮太を目で追うようになってたの」
「なるほどね」
「そしたら色んな所が見えてきてね」
「お姉ちゃん、私上がるね」
今からいいところだというのに、唯織は逃げるようにお風呂場から出て行ってしまった。
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