第11話
時計が9時を示したところで、文化祭二日目は幕を開けた。
昨日の客が口を揃えて、男装女装のクオリティは高いし、食べ物は安い、と言っていたのもあってか、朝一番だというのに、昨日のピーク時と同じくらいの人が並んでいる。この調子でいけば、昼過ぎには品切れになる可能性もありそうだ。
「今日はみんな集合だね」
注文を持って裏方に行くと、芽衣がそんなことを言ってきた。この時間のシフトは、厨房に芽衣と若宮さん、フロアにあーしさんと篠崎と俺、といった感じで確かにみんな集合している。
「そうだな」
女性客からのあーしさん人気がすごく、指名制じゃないってのにあーしさんを指名するやつが出るまである。因みにあーしさんはそれらにも律義に対応している。多分男装が様になってるだけじゃなく、そういうところも人気の理由なんだろうなぁ。
「頑張ってね」
「おう」
芽衣からちょっと応援されただけなのに疲れが少しとんだ。昨日は謎成分とか言ったけど、疲労回復効果感じたし芽衣成分あるよ。芽衣成分はありますって言ったあと泣きながら記者からの質問に答えるまである。ダメじゃん。結局、アレの真相はどうなんだろうか。莫迦なことを考えながらフロアに戻り、接客を再開する。
「なあ、雨音、忙しすぎないか?」
接客の合間に篠崎が声をかけてきた。
「確かに忙しいけど、昨日もこんなもんだ。諦めろ」
「マジで? これのどこがそんなにいいのかね?」
「もの珍しさだろ。まあ、今日は売り切れたらその時点で店仕舞いなんだから、頑張ろうぜ」
「じゃあ、頑張るわ」
そうか、と返事をして仕事に戻る。
特にトラブルも無ければ、長なんてついても他と仕事内容が変わるわけでもない。また、お帰りなさいませ、と客を迎えに行かなきゃならない。遅い時間のシフトにして、売り切れるのを祈った方がよかった気がする。そんなことを思いながら接客にいそしむ。
いったいどれだけ、お帰りなさいませ、と言って、どれだけ、フロアと裏方を往復しただろうか。ついに12時を迎え、俺の仕事はひと段落した。もう、一生分のお帰りなさいませ、を言った気がするぞ。いや、お帰りなさいませ、なんて日常じゃ使わないけど。
着替えてから芽衣のいる裏方の休憩スペースに入ると、残り30セット! と声が聞こえてきた。思わず、次のシフトだったら勤務時間30分とかだったのか、と心の声が漏れる。それに反応したのは委員長だった。
「大丈夫よ、片付けさせるから」
「じゃあ、片付けはしなくて済みそうだな」
「ええ。だからゆっくり文化祭デートを楽しんでくるといいわ」
「もう、昨日でほとんど回っちゃったんだけどな。行ってないのは1年のお化け屋敷くらいだ」
「そうなの? そこ、結構怖いって噂だしカッコいいとこ見せたら? って噂をすれば来たみたいね、じゃあ私は仕事戻るから」
それだけ言うと、もう少しで終わるからと動きが鈍っていたメイドたちの方へと駆けていった。
「委員長と何話してたの?」
「もう少しで売り切れるっていうから、この後のシフトのやつはいいなって話をな。まあ、片付けを一足先にするみたいで、仕事がないってことにはならないらしいが」
「へー」
「とりあえず、また見て回ろうぜ」
やってきた芽衣の手を取ろうとして、先ほどまでとは違い、青いネイルをしているのが目に入る。とりあえず手を取って教室を後にした。
階段を上り、芽衣が気になっていると言っていた、お化け屋敷の列に並ぶ。それなりに長いが、ちょうどよさげな話題はあるので、たまにはこっちから話を振ってみる。
「芽衣、ネイルいい感じだな」
「えっ、気づいた?」
「ああ。俺がさっき着替えてる間に?」
「そうそう。まあ、貼るだけのやつなんだけどね」
「そんなのもあるのか」
「うん、他にも光を当てるとすぐ固まるのとかもあるんだよ。普通に塗るのは匂い強いのとかあるし、固まるまで時間かかるから。最近はこういうのが人気らしいよってこんな話されても困るか」
「いや、別にいいよ。知らない話聞くの嫌いじゃないし。それにしても、光を当てたらすぐ固まるってすごいな。なんかSFっぽい」
「SFってなにそれ。もっと身近だよ」
その後もしばらく続いたネイルの話は、なかなかに面白かったし、見えないところでこんなに時間をかけているのか、と感心するものまであった。いつだかの祐奈と母さんが口をそろえて言ってた、女の子の変化にはしっかり気付いて、褒めてあげなさいっていう理由が、なんとなく分かった気がした。
「次の2名様、どうぞ」
芽衣の話がキリよく終わったタイミングで、受付をしている生徒から呼ばれた。
「トロッコに乗って肝試しをしてもらいます。携帯電話とかで照らすのはご遠慮ください」
受付の説明にうなずくと、薄暗い教室の中に通された。中は薄暗いがお化け屋敷っぽい雰囲気はなく、目の前にはかご台車を改造したようなトロッコが1台。提灯のような明かりもあったので、それを持って芽衣とトロッコに乗り込む。すると、薄暗さに紛れるような恰好をした男子生徒が数人集まりだして、トロッコがゆっくりと動き始める。
最初は墓地をイメージした壁が両サイドにあっただけなのだが、次に折り返すように曲がったところで、上から目の前に頭蓋骨が落ちてくる。それに合わせて、キャッと短い悲鳴とともに制服が引っ張られる。
「大丈夫か?」
「うん」
そうは言うが少し震えて怯えているのが分かる。まだ序盤なんだけど、大丈夫? そんなことを思っていると、また曲がる。曲がった先では、掃除用具が入っているロッカーがある。それがドンドンドン、と内から叩かれているような音と共に揺れ、かと思うとギィー、と音を立ててロッカーが開き、中に入っていたマネキン人形の首が落ちる。続けざまに目の前を大きな鎌が通っていく。
左腕には芽衣ががっちりとしがみついている。普通のお化け屋敷なら、全力で走って逃げだすとかするんだろうけど、ここでは、進み方を自分のペースで決められないし、演出に合わせて揺れるのもなかなかだ。
後半に進むにつれ、演出はさらに怖さを増し、思わず悲鳴を上げたくなる。左腕はさらに締め付けられ、そろそろ限界が近い、と思ったところで、ようやく光が見え安堵する。ふう、と少し気が抜けた瞬間、風船のようなものが割れる音と共に、光が隠され、両サイドの壁から手が生えてきて、俺らを引きずり降ろそうとトロッコを左右に軽く揺らしだす。
安堵したところを見事にやられて、参ったままトロッコを降りる。何とか教室のドアを開いて出るころには、俺も芽衣も満身創痍だった。
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