第12話

 お化け屋敷での精神的疲労を残したまま文化祭を回り、最後にちょっとエンディングセレモニーを覗いて今年の文化祭は幕を下ろした。今は片付けの時間だが、うちのクラスはすでに片付けが終わっているので、各々が好き勝手にしている。


「なあ、なんで雨音と廣瀬さんはコンビニのおにぎりを食ってるんだ?」

「昼めし食いそびれたんだよ」

「仕事終わって、真っ先にお化け屋敷に並んだんだけど、お化け屋敷から出てきたときには、ほとんどのとこが売り切れで、さっきコンビニ行ってきたの」

「なんで俺も誘ってくれなかったんだよ。俺も昼めし食えてないんだよ」

「いや、なんでって篠崎いなかったし」

「そうか。そういえば、2人はこの後暇か?」

「まあ、暇だけど」

「私も暇だけど、後夜祭は行かないよ」


 芽衣は後夜祭とかそういうの好きそうなのに、行かないのか。


「雨音は絶対に行かないだろうし、後夜祭の誘いじゃないって。俺もあれ苦手だし」

「じゃあ、なんで予定聞いてきたの?」

「ここに菜々香を合わせた4人で飯でも食いに行ければって思ってな。プチ打ち上げ的な? 菜々香、忙しかったみたいだから、労ってやりたいし」

「まあ、それくらいならいいぞ」

「私もいいよ」

「そうか! じゃあ、菜々香誘ってくるな」


 篠崎は、教室を飛び出して生徒会室の方へと走っていった。


「芽衣が後夜祭行かないってなんか意外だな。そういうの好きかと思ってた」

「去年は行ったけど、合わなかったの。途中で抜けちゃうくらいには」


 誰かさんも、寝込んでていなかったし、と付け足しながら、芽衣がこっちを横目で見てくる。

 その誰かさんの条件には合うし、俺だったら嬉しいな、と思いつつも確かめる気は湧かず、おにぎりの残りを口に詰めた。



 簡単なHRホームルームが終わり、後夜祭に参加する者はグラウンドへ、そうじゃない者は駅の方へと流れていく。俺らは後者に混ざり、駅までの道を4人で歩く。


「よく、こんな日に予約取れたな」

「言い方はアレだが、打ち上げやるようなタイプの人間は、だいたい後夜祭に参加するから、後夜祭の時間は割と空いてるんだよ。後夜祭終わる8時過ぎくらいからは、どこも予約でいっぱいだと」

「後夜祭出たうえで、そのまま打ち上げやるのか? すげぇなぁ」


 今週は、1週間丸々学校に来てるのに、さらに後夜祭と打ち上げまでやるってどん

だけ体力余ってるんだよ。少し分けてほしいまである。


「そういえば、壮太」

「なんだ?」

「祐奈ちゃんはいいの?」

「私は適当に食べるから、ご飯作らないでいいよって言われてる」

「そうなんだ。壮太が疲れてると思って気をまわしてるなんて、優しいね」


 少し自慢げに、まあな、と答えようとすると、ついたぞ、という篠崎の声が重なる。どうやら、今日の夕飯は焼肉らしい。

 案内されるがままに席へと着き、注文を済ませる。注文といったって食べ放題なので、コースを選ぶだけなのだが。使えるようになったタッチパネルで、飲み物と適当に肉をいくつか頼んでおいた。

 すると、まだ夕飯には早めということもあってか、すぐに頼んだものが運ばれてくる。


「文化祭の成功を祝して、かんぱーい」


 発案者の篠崎がとった音頭に合わせて、かんぱーい、と声を重ねる。


「いやぁ、疲れたね」

「まあ、普段ああいうことしないからな」

「大盛況だったらしいね。私あんまり顔出せなかったけど」

「まあ、菜々香は運営側だったんだし、しょうがないだろ」

「運営側の方が大変だったでしょ」


 俺以外で話が盛り上がりだしたので、肉を焼くのに徹する。話に入っていけなくなった時、作業に逃げられるのが、こういうタイプの店のいいところだよな。とりあえず肉焼いてるから、話さなくていいみたいなとこある。


「お肉どんな感じ? 代わろっか?」

「肉はもうちょいだな。じゃあ、まあ」


 隣に座る芽衣にトングを渡すと、正面からニヤニヤとした視線を感じる。


「なんだよ」

「いや、なんていうか」

「すっかり馴染んでるね」


 そうだろうか? とはいえ、なにを言ってもからかわれるだけな気がするし、黙っておこう。


「いい感じだよ」

「おぉ!」


 芽衣の知らせに、みんな箸を持って肉を取り始める。俺も例にもれずいただく。うん、美味い。


「壮太」

「ほい」


 芽衣が声をかけてきたので、色々なタレやら調味料が置いてあるところから、芽衣が好きそうな甘辛いタレと、レモン汁を探して渡す。


「ありがと」

「おう」


 また、正面の視線がこちらを捉えている。


「今度は何だよ」

「いや。だって、ねぇ」

「なんで雨音君は芽衣ちゃんが何も言ってないのに、欲しいもの分かるの?」

「えっ、なんとなく分かるじゃん」


 2人は大きくため息をついて、熟年夫婦でもなきゃそうはならないって、と小声でつぶやいた。聞こえてるからな。

 その後も、芽衣と俺が何かするたびに2人は視線を向けてきたが、終盤に差し掛かると、ようやく茶化すのをやめてくれた。付き合いたてだからって、そんなに茶化されても、毎回芽衣が顔を赤らめるだけだからやめて欲しい。俺たちそんなに茶化さなかったじゃん。



 食事を終えて、外に出るとあたりはすっかり暗くなり、わずかに置いていかれた残暑が、もうすぐ秋になるんだと伝えてくる。


「じゃあな」

「おう」


 駅前でいつも通り篠崎、若宮さんと別れる。そして、芽衣を送っていこうと芽衣の手を取ったその時、後ろからドーン、という音が聞こえ、振り返ると花火が上がっている。


「こっからでも見えるんだ」

「なんかのお祭りか?」

「後夜祭の花火だよ。ちょうどいい時間になってたんだね」


 まさか、後夜祭で花火を上げるとは、知らなかった。けど、本当にタイミングがいい。少し見えやすい広場の端に芽衣と移って花火を楽しむ。少し離れているからか、花火の音は小さく、芽衣の声がよく聞こえる。


「もう3週間だね」

「ああ」


 確かにちょうど3週間だ。3週間前に俺たちは花火の下で結ばれた。


「私ね、ずっと壮太の事好きだったから、壮太が好きって言ってくれて嬉しかったの。で、今もめっちゃ幸せ」

「そりゃ俺もだよ」


 呼び出されたときは、不信感しかなかったけど、芽衣の色んな面を見ていくうちに惹かれて、今も色んな発見があって、その度にまた惹かれていってる。まあ、そんなことをここで言うつもりはないが。


「だから、これからもよろしくね」


 向けられた笑顔は、花火に照らされて幻想的に映る。その笑顔が俺だけに向けられていることが嬉しくて、けど若干気恥ずかしくて、それもこっちのセリフだ、と返す。

 公立高校の後夜祭で打ち上げられる花火が、そんなに多いはずもなく、あっという間に終わってしまった。


「送ってくよ」

「うん」


 後夜祭を終えた生徒たちが来る前に、芽衣の手を握りなおした。

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