第9話

 車窓には先ほど乗っていた観覧車が映る。乗る前はいくらかの緊張でそこまで気をまわせなかったし、先ほどまでは見上げる形だったから全体を見ることが出来なかったが、こうして落ち着いて見てみるとなかなかに綺麗な景色だ。少し高いところを走っているから、ちょうどよい高さだというのもあるのだろうけれども。


「綺麗だね、観覧車」

「えっ? いや、そうだな」

「私なんか変なこと言った?」

「いや、俺も同じようなこと考えてたからびっくりしただけだ」

「そうなの? 私も偶に壮太と同じこと考えてるなぁってことあるよ!」

「そ、そうか」


 屈託のないその笑顔と共に向けられる言葉にいくらかの気恥ずかしさを感じていると、ポケットの中の携帯が震える。


「悪い、ちょっと確認させてくれ。多分祐奈からだし」

「いいよ。心配になるのは分かるし」


 携帯を取り出して確認してみれば、時間も遅いから友達を家に泊めていいか? といった内容だった。時刻はもうすぐ9時を回ろうとしている。確かに、女子中学生を帰すには遅い時間だろう。

 肯定と共に来客用の布団や予備のバスタオルをしまっている場所を打ち込んでいく。ついでに、帰りが遅くなるであろうことも。そのまま送信ボタンを押せば、問題なくメールが送信された。


「祐奈からだったわ」

「なんかあったの?」

「いや、一緒にパーティーした友達を泊めてもいいかって聞かれただけだ」

「あー、そういえばそのためにご飯作り置きするとか言ってたね」

「そうそう。おかげで久々に祐奈と台所に立ったわ。少しは危なっかしかったけど、久しぶりだったから、そういうのも含めて楽しかったよ。お兄ちゃんのみたくならないって途中ちょっと拗ねてたけど」


 俺がそう答えると、ふーんといくらか冷たい声が飛んでくる。刺さる視線がなにを言いたいのかはなんとなく分かった。まあ、確かにデート中に深掘りする話じゃないもんな。


「ふふ、冗談。さすがに祐奈ちゃんにまでは嫉妬しないから。まあ、うらやましいとは思うけど」

「さようですか」

「うん。だってこんなプレゼントもらっちゃったし」


 芽衣は右薬指の指輪を軽くなでながらそう答えた。

 まあ、気に入ってもらえているようで何よりだけれど、それちょっと恥ずかしいから。


 そんなじゃれあいみたいなことをしながら、ほとんど乗客のいない電車に揺られることまたも三十分ほど。車窓に映る景色はすっかり見慣れた街のものになった。もうすぐ楽しいひと時も終わるらしい。とはいえ、しっかりと送り届けさせてもらうが。


 自動改札をくぐり、住宅街の方へと進んでいく。行きかう人々のおかげか道路にこそ雪は積もっていないものの、屋根はその色を変えている。


「積もるかな?」

「微妙なところだな。でも、積もったら朱莉ちゃんと拓弥くんは喜びそうだ」

「喜ぶだろうね。多分唯織も一緒になって。最近はほとんど雪降ってないし、積もるほどってなると数年ぶりとかだろうから」

「まあ、そうだな」


 記憶をたどってみれば、この辺で雪が積もったのは中学生の頃だった気がする。こうして振り返ってみると時の流れというのはあっという間すぎる。


「祐奈ちゃんも喜ぶんじゃない?」

「まあ、少しは喜ぶかもな。そのあと雪かきに強制参加させられて、もう雪なんて嫌だって言うかもしれないけど」

「それは想像できるかも。でも、もし積もったら私も手伝いに行くよ」

「それは助かる」


 静かに降り続ける雪の中を他愛もない話をしながら歩いていくと、ふと掲示板に張り付けられたチラシが目に入る。


「もうすぐか。いや、分かってはいたけど」


 不意にこぼれた言葉に芽衣が俺の視線の先を追う。そこには先ほど見ていた神社のチラシ。日の出と鳥居の絵とそれに少し重なるように筆で書かれた初詣の二文字。


「壮太はお母さんとお父さんに顔見せに行くの?」

「いや、家でゆっくり過ごそうかと思ってる。来てくれって言われたら年明けて少し落ち着いたタイミングで行ってくるけど」

「まあ、冬休み少し長いもんね」

「そういうこと。芽衣は?」

「うちに親戚が集まるの。だからさ、日中はともかく、夜とかは平気」


 そういう芽衣の視線は二年参りできます! と書かれた部分に向いていて、言わんとしていることは嫌というほどに伝わってくる。


「じゃあ、一緒に行くか。俺、二年参りとか初めてだけども」

「私も初めてだよ。年末年始は炬燵で温まりながらテレビ見てるし」

「あー、俺もだ。それで気づいたら祐奈が寝てて、起こしてると年が明ける」

「炬燵の魔力には抗えないからしょうがないよ。拓弥と唯織もそうだもん。今年こそは年越しの瞬間まで起きてるんだって言いながら、気持ちよさそうに寝だすんだよね。それで、起きたときにちょっと不機嫌になる」

「そうなんだよな。だから起こすのも気が引けるけど、起こさないと朝が怖いし」

「ねー。うちもそうだもん。誰が起こすかじゃんけんで決めるくらいだし」


 楽しく話していると、視界の片隅に廣瀬家が映った。どうやら今日のところはここまでらしい。


「もう着いちゃったね」

「そうだな。でも、明日も会うだろ」

「うん。みんな楽しみにしてるよ」

「そんな期待に応えれるかしら。まあいいや。また、明日」

「うん、また明日!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る