第10話

 目が覚めたら枕元にサンタさんからのプレゼントが、なんてことはないが、机の上には昨晩貰った腕時計と伊達メガネ。それからペアリングの片割れがある。

 布団から這い出て寒さに震えつつも時計を確認すれば、平日よりかはいくらか遅い目覚めではあったが、早いと言える時間。

 カーテンと窓を開けて空気を入れ替えようとすれば、外は一面の銀世界。悠長に朝の支度をしている時間はなさそうだ。


 手早く着替えてリビングへ。祐奈の部屋から物音が聞こえだしたのを確認してから、帰ってきてから漬け込んでおいたフレンチトーストをフライパンに並べていく。

 ついでに適当な付け合せになってくれそうな野菜を水洗いして軽く盛り付ける。


 焼き上がったフレンチトーストの匂いに釣られるようにして階段を降りる足音が聞こえてきた。


「おはよう、祐奈」

「うん、おはよー、お兄ちゃん。それ、朝ご飯?」

「あぁ。もうちょっとだから飲み物とか用意しといて」

「あいあいさー」


 友だちの前だというのに、そんなことも気にせずいつものように振る舞う祐奈に少し苦笑いしつつも、祐奈の友だちを席に座らせる。


「すごい」

「ホテルの朝ごはんみたい」

「これが祐奈ちゃん絶賛のお兄さんの料理」


 完成した朝食を持っていってやれば、目を輝かせてそれを目に焼き付ける。

 いや、そんな大層なものではないから、ごちそうみたいに言われても困るんだけど。


「きょーちゃん、昨日のローストビーフもお兄ちゃんが作ったやつだから」

「えっ、そうなの? 祐奈ちゃん、お兄さんくれない?」

「えー、ずるい。私もほしいんだけど。私の兄さんと交換しよ」

「あげないし、交換もしないから」


 ワイワイ盛り上がる様子は祐奈がしっかりと友好関係を築けている証拠で、とりあえず一安心。俺の悪名が残っているかと心配したりもしたが杞憂に終わったみたいだ。


「まあ、また遊びに来た時にもなにか振る舞うよ」

「本当ですか」

「まあ、これくらいでいいなら」

「お兄ちゃん甘すぎ」


 ちょっと不機嫌になった祐奈の頭を軽くひと撫でして、フレンチトーストを口に運ぶ。


「お兄さんってやっぱりモテるんですか」

「え? いや、そんなことないと思うけど」

「お兄ちゃんは芽衣さんとイチャイチャしてるから」

「なんだ、売約済みなのかぁ」


 売約済みって。いや、まあ、そうなんだけどさ。最近の中学生ってそんな話しもするのかよ。

 いちいち脳内でツッコミを入れていては、とてもじゃないが時間がかかるので、盛り上がるガールズトークは右から左に聞き流し、食指を動かす。


 一人早めに朝食を片付けて玄関を開ければ、迎えてくれるのはやはり銀世界で思わずため息をつく。幸いなことに積雪は数センチもないが、それでも玄関から家の前の歩道くらいは雪をどかさなきゃならないだろう。あたりを見渡せば、俺と同じように億劫そうな顔でシャベルを片手に持つお父さん方の姿がちらほら。

 こういう時ばかりは、親父が恋しくなる。俺の代わりに雪かきしてくれねぇかなぁ。

 まあ、そんな事を考えてもしょうがないので、大きく息を吸って軽くシャベルを雪に突き刺す。



 ダラダラと雪をどかし続けること20分ほど。冬らしい気温だというのに、汗ばみながら体を動かした成果は着実に出てきている。とはいえ、まだ先は長そうだ。


「壮太!」

「えっ、芽衣? なんで?」


 ぼちぼち休憩しようかと思ったところで、視界に映ったのはコートに身を包んだ芽衣の姿。疲労からくる幻覚かとも思ったが、その笑顔は幻覚にしてははっきりとし過ぎている。


「積もったら手伝いにくるって言ったじゃん」

「確かに言ってたけど」

「それに、壮太を迎えに行けばって言われて、なんか追い出されたし」

「そうなのか……」

「祐奈ちゃんは?」

「部屋で友達と遊んでる。さすがに引きずり出してまで手伝わせる程じゃないからな」


 そう言う割には汗だくじゃん、と言いながら汗を拭ってくれる芽衣に苦笑いを返す。

 たかが積雪数センチでここまでバテる程体力がないとは思ってなかったんだもの。


「代わろっか?」

「結構しんどいけど平気か?」

「まあ、やれるだけやってみるね」


 手元のシャベルをひったくるように持っていき、代わりと言わんばかりにコートを投げ渡してきた芽衣は、サクサクと雪をどかしていく。


「早くない?」

「これくらい普通でしょ」


 あなたの彼氏、その普通にすら至れてないんだけども。ごめんね。


 息が整ったら代ろうとも思ったがそんな考えは無駄だったようで、芽衣はあっという間に家の前の歩道と玄関までの雪をどけてしまった。


「ふー、終わったー」

「お疲れさん。なんというか、すごかったな」

「壮太が先にやってたおかげだと思うけど」

「いや、俺そんなにできてなかったと思うけど」

「そんなことないって」


 玄関先で缶コーヒーを飲みながらのんびりと話していると、その扉が開けられる。

 玄関を開けたのは荷物を持った祐奈の友だちだった。


「祐奈ちゃん、お兄さん外にいたよ」

「えっ、ほんと?」

「うん、なんか女の人と話してる」


 いくらか張られた声のやり取りののち、ドタドタと階段を駆け下りる音と共に、今度は祐奈が扉を開けた。


「どうした? そんなに焦って」

「いや、プレゼント渡し忘れてたから、これ」


 そっけない言葉と共に渡されたのは、丁寧な包装がなされた小さな箱。


「ありがとな。でも、そんなに焦らないでも良かったのに」

「いや、芽衣さんと一緒だから、そのまま出かけちゃうのかと思って」

「なるほど。開けていいか?」

「まあ、いいけどペンだよ」


 中身が分かってても見てみたくなるんだよ、と言って箱を開けてみれば、少し見覚えのあるものと色違いのそれが入っていた。


「ありがと、祐奈」

「毎年のことだし」


 照れ隠しのせいで、普段の元気さがどこかに行ってしまった祐奈の頭をなでていると、その様子を見ていた二人がふふと笑っている。


「祐奈ちゃん可愛い」

「そうだね。それに、ちょっと前の壮太にそっくり」

「マジで? 俺こんな感じだったのかよ」


 芽衣の言葉にそんな反応を示せば、耐えられなくなった祐奈は脱兎のごとく逃げ出して、家の中へと戻っていった。

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