第18話
祐奈が修学旅行から帰ってきて早数日。
雲一つない晴天に恵まれ体育祭が幕を開けようとしていた。開催を告げるお馴染みの花火は近隣住民から騒音だ、とのクレームが入ったらしく無かったが。まったく、最近は色々厳しすぎる。実際にそう思っている人は極少数なのに、そういう連中のお気持ちばっかりが優先されるのはいかがなものか、などと思いながら、開会式で長々と喋る校長の話を右から左に流す。誰も聞いてなければ、望んでもいない長話こそ早く無くってほしいものだ。
莫迦な事を考えているうちに、開会式が終わったので、救護テントを目指す。別に莫迦なことの考え過ぎで頭が残念になったから診てください、などというわけではない。
部活に入っていない生徒は、部活動対抗リレーに出ないのだから仕事をしろ、とのお達しですることになった仕事だ。そこで公平性取ろうとするのおかしいだろ、なんて声を上げたりもしたが、いいからやれ、と返された。まあ、救護係は人でも倒れない限りテントの下でぼーっと座っているだけだからいいのだが。
「隣いいかい?」
「どうぞ」
救護テントの下でボーっとしていると、宮野先生が隣に座ってきた。
「最近どうだい?」
「なんですか、その子供との接し方が分かんない父親みたいな台詞は。まあ、悪くないですけど」
「ならいいんだ。君は良くも悪くも1人でいろいろと抱え込むからな」
そんな覚えはない、と言えば嘘になるので、まあ、そうっすね、と返しつつ視線をグラウンドへと逃がす。グラウンドではちょうど短距離走をする2年生が入場してきたところだった。こちらに気づいた芽衣が小さく手を振ってきたので、こちらも手を振り返す。
「随分と仲がいいな」
「えっ、あー、はい」
「廣瀬が君を変えたのか?」
「まあ、そうですね」
俺の返事で話が途切れたので、グラウンドを眺めると芽衣が走り出すところだった。空砲の音とともに一斉に駆け出す。フォームがやたら綺麗な2人の後を追う形でスタートした芽衣はそのまま3着。たぶん2人は陸上部とかそんな感じだろうからなかなかの成果だ。芽衣が走り終えたことで、残るのはもう知らないやつら。興味もないが、芽衣の方ばっかり見ていると宮野先生に何か言われそうなので、再びぼーっとグラウンドを眺める。
「そんなに退屈そうに眺めるなよ。確かに面白みには欠けると思うが」
「それ、先生が言っていいんですか?」
「事実だから仕方ないだろ」
「こんな配慮だらけの体育祭やる意味ってあるんですかね?」
「少なくとも、私のような下っ端には無いように思えるよ。一部の保護者の声より、生徒たちの主体性に任せて楽しんでもらいたいからね。配慮だなんだで遠ざけるより、多少失敗してでも、それらとのうまい付き合い方を模索する方が大事だと思うし」
思いのほかまともな言葉が返ってきたので、思わずなんと返せばいいかわからなくなる。
「せめて軽口でもいいから、何か返してほしいんだがね」
「いや、なんていうかちゃんと考えてるんだなーと思って」
「そりゃそうだ。とはいえ、私の恩師の受け売りだがね」
「なるほど」
「私は君の事もしっかり見ているから、遠慮なく失敗すると良い。でも、イチャつくのを見せるのだけは勘弁してくれ」
宮野先生が俺の後ろを若干見てからそう言う。そこにはいつの間にか退場してきた芽衣がいた。
「お疲れさん」
「次は壮太の番だね。頑張って!」
「おう。適当に片づけてくる」
救護テントを後にし、入場門近くの待機場所でその時が来るのを待つ。
周りにいる生徒からもやる気を感じられないのは偶然なのか、障害物競走の宿命なのか、なんて考えていると入場を促すアナウンスが入り、係の生徒の先導のもと入場する。
入場を終えると、それでは、実行委員会より、障害物競走のルール説明です、との放送が入る。
「障害物競走は色々と制限があった今年の体育祭を表現するべく例年とは違い、多くの障害物を設置しました。これらを順に説明していきたいと思います」
なんで障害物競走でそんなことをするんだよ、と少なくともここに並んでいる連中は思っているだろう。かくいう俺もその1人だ。
「まずはありきたりですがバットですね。10回ほどグルグル回ってもらいます。そしてふらついた足取りのままやってもらうのは、ピンポン球運びです。スプーンにピンポン球を乗せて最初のコーンとの間を往復してもらいます。落とした場合は最初からですので気を付けてくださいね」
グラウンドの外では面白そうだな、次はなんだ、と声が飛び交うのに対し、グラウンドの中では、提案した者への敵意が高まっていく。
「ピンポン球運びを終えたら、コーンの先にあるキャタピラです。平均台の前までこれで進んでもらいます。そのあとは平均台ですね。これも落ちたらやり直しです。なんとか平均台をクリアした先に待つのは麻袋です。今度はこれを履いて次のコーンのところと置いてあった場所を往復してもらいます」
「往復ばっかりですね」
「往復にするとちょっと整えるだけで、済むので準備が楽っていうこっちの都合です」
会場がドッと湧くが、こっちはたまったもんじゃ無い。セットし直すのが仕事なのに楽するなよ。
「麻袋が終わったら平均台の横にある網を潜って、もう一度キャタピラです。キャタピラを最初の位置に戻したら、最後はゴールに向かって全力ダッシュ、というのが今回の流れですね。本当はもっと沢山の障害物を乗り越えて欲しかったのですが、競技時間が長くなりすぎますので」
「なるほど。では初めていきましょうか」
参加者のやる気を犠牲に盛り上がってきた会場。犠牲にするもの間違ってんだろ、なんてツッコミをする気も失せ、障害物競争が始まった。
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