第19話

 空砲が鳴ってから、全員がゴールするまで2、3分、下手したらそれ以上かかる種目ってなんだよ、と思いながら俺の番がやってくるのを待つ。入場してから、かれこれ30分くらい待たされてるんだけど。

 果たしていつになったら俺の番は回ってくるのだろうか。というか、こんなに待たせるなら、短距離走みたく学年別に入場させてくれ。



 また一歩前に進むと、ようやく救護テントが視界に入る。そこでは、芽衣と宮野先生が何か話しているみたいだ。ふと、こちらに気づいた二人が軽く手を振ってきたので、手を振り返すと、列はさらに前へと進み、ようやく俺の番がやってくる。

 去年は視線なんぞ意識することもなく適当にこなしていたが、今回ばかりはそうもいかない。深呼吸して何とか落ち着こうとすると、先ほど先生から言われた言葉を思い出す。

 最後に茶化しが入ったとはいえ、結構いいことを言っていたと思っていたが、まさか、これの話だったりするのか、なんて莫迦なことが脳裏をよぎる。いや、さすがにないだろ。と首を振れば空砲が鳴った。



 目の前に転がっているバットを拾い、ぐるぐると回る。10周したところで、次を目指すがなんだか足が思うように進まない。それでも何とか机にたどり着くと、ピンポン玉と少し大きめのスプーンが置いてある。落としたら最初からやり直しとかいう仕様のせいか、横を見ても誰も動き出そうとしていない。深呼吸して少し待つとだいぶ酔いも引いてきて、チマチマとピンポン玉を運ぶ。あと少し、というところで、ピンポン玉が風に煽られ最初からになったやつもいたが、何とか体を盾にしつつ風から守った。

 キャタピラ、平均台、麻袋と続く障害物も何とかクリアして、網をくぐり、もう一度キャタピラに入る。普段そこまで運動しないこともあって、なかなかにしんどい。明日は筋肉痛確定だろう。最後の直線に差し掛かり、全力ダッシュ。なんとかビリにならなかったことに安堵し、他が終わるのを息を整えつつ待つ。



 最後の一組がついにゴールし、長い長い障害物競走は幕を下ろした。退場門をくぐる生徒たちの顔が疲弊で満ちてたのは言うまでもない。俺も彼らと同じように疲れ切って退場門をくぐると、お茶の入ったペットボトルを持った芽衣が駆け寄ってきた。


「お疲れ、なんかすごかったね。壮太のお茶持ってきたけど飲む?」

「ああ、うん、飲む」


 受け取ったペットボトルにお茶は半分程しか入っていなかったが、とりあえず喉の渇きに従って何も考えず一気に飲み干す。


「めっちゃ飲むね」

「喉乾いてたからな」

「まあ、あれだけ待たされて色々やれば疲れるのはしょうがないよ」

「去年まで楽そうだったのに今年ハードすぎて大外れ引いたなって感じだ」

「去年は団体競技の端っこで参加してます感だけ出してたもんね」


 なんでそれを知っている、と思ったのを知ってか知らずか小声で続けられた、文実からずっと見てたんだから、の一言でああ、と納得すると同時に抱きしめたい衝動に駆られる。汗と砂埃にまみれてるから、そんなことはできないけれど。


「そろそろ、リレー始まるし戻ろ」

「お、おう」



 救護テントに戻ると、長机の上にはキャップに傘が描かれた未開封のお茶がある。それを見た芽衣があーっと声を上げた。


「なに、どうしたの?」

「ちょっとそれ見せて」


 芽衣が指さした空のペットボトルを渡すと、キャップを確認してやっぱり、と芽衣は口にした。なんだと思って覗き込んでみるとキャップには葉っぱが描かれていた。何となくどういうことか分かった気がするが、勘違いだったら恥ずかしいし、そうじゃなかったらもっと恥ずかしいから確認はしない。

 とりあえず席についてグラウンドへ目を向けると、すでにリレーが始まっていた。すぐ隣の放送席から聞こえてくる実況を聞きつつ眺めていると、見慣れた顔がついにバトンを受け取った。次の瞬間には、一人だけ一・五倍速でもしてるかのような速度で駆けていき、どんどんと差を広げていく。


「篠崎君すごいね」

「めちゃくちゃ速いよな。ゲームバランス一人で壊してそうだ」


 平等を重んじるべき実況も、思わず熱が入って篠崎の事ばかり話している。陸上部のエースは伊達じゃないらしい。

 この後の部活対抗リレーでも圧巻の走りを見せるんだろう。なんて思いながら知り合いのいないリレーを芽衣としゃべる合間に時折眺めること、十数分。

 ついに部活動対抗リレーが始まった。文化部は、古都にある国立大学かな? ってくらいに自由だ。そのうち立て看板とか作って、背負って走ったのちに設置とかしそうだよ。いまとなっては本家も規制が進んでるし、こっちでやっても設置した瞬間撤去されそうだけど。


「こんなにいろんな部活あるんだね」

「俺もあんまり知らなかったけど結構多いんだな」

「文化祭もあったのによく色々用意してるよね」

「すごい活力だよな」


 少なくとも俺には、そういったことをやれるだけの活力はない。クラスでやる文化祭の出し物だけでクタクタだ。

 仮装大会のような文化部の対抗リレーが終わると、今度は運動部による対抗リレーが始まる。去年と同じように始まる前から黄色い声援が飛び交い、締めにふさわしい感がすごい。

 空砲とともに走り出す生徒たち。日々の鍛錬の成果がしっかりと表れているのか、とにかく速い。彼らのフォームを見てまねれば俺も少しは足が速くなるだろうか、なんて思いながらもグラウンドを走る一団を目で追う。高まり切った空気の中、声援を浴びて走るのはどういう気分なんだろうか。

 最後のバトンパスが始まり、次々にアンカーが駆け出していく。少し後方からのスタートになった陸上部は、あっという間に先頭集団に食らいついていった。友人ながらすごいな、と思いつつ見ていると、ついに二位まで順位を上げてワーッと会場が湧く。しかし、最後に逆転とはいかなかった。それでも、この瞬間のために今までのはあったんじゃないかと思えるほどに熱狂していた。

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