第20話

 なんだかんだで熱狂に包まれた体育祭が終わると、浮ついていた気分を引き戻すかのような試験期間に突入する。それでも、2年生だけは試験直後に修学旅行があることもあって、浮かれた空気が抜けることはない。


「修学旅行の班決め適当にやっといてくれ。4人1班だ。出来次第自習ってことで」


 中間試験目前のLHRロングホームルーム。宮野先生はそれだけ言うと、職員室で試験作るからあとはよろしく頼んだ、と教室を後にした。

 行事に次ぐ行事で、普段より勉強できなかったから、しっかり勉強しておきたいと思ったらこれだ。先生も試験作るの間に合ってないし、やっぱり行事分けるか試験どっかに移すかしない?


「珍しく突っ伏してないかと思えば勉強かよ」

「試験前ってこと忘れんなよ。みんな浮ついて平均点落ちるから、順位上げたきゃ今回気合い入れとくといいぞ」


 2学期の中間試験の平均点は基本的に低い。もちろん目が回るような行事ラッシュの結果だ。

 しかし、それでも、試験問題自体がいつもより優しかったりする。平均点と難易度が下がる今回の試験は、篠崎のように普段残念な成績のやつでも少し頑張るだけでいい点が取れるだろう。


「マジか、じゃあ頑張る。ってなんでだよ。修学旅行だぞ。思い出だぞ」

「じゃあ、さっさと班組むか」


 班なんて事前にほぼ決まってるし、確認の意を込めて声掛けに行くだけだからな。あーしさんたちのとこ行くの嫌だけど、仕方あるまい。


「芽衣、修学旅行の班なんだけど、一緒にしようぜ」


 あーしさん一派が陣取っているところで、黙々と試験範囲の勉強をしている芽衣に声をかけるが反応がない。もしかしてなんかしたか? 何かあったっけ。

 記憶をたどるが、それらしいことは思い出せない。いや、思い出せたらそもそもこうならんか。


「すげぇな、顔色真っ青じゃん」

「うるせぇ」

「雨音君、芽衣ちゃんならイヤホンしてるだけだと思うよ」


 若宮さんの言葉を聞いて、芽衣の耳をよく見てみると、イヤホンが刺さっている。コードレスだし、髪が隠してるからほとんど見えなかった。

 ふう、とため息がこぼれ、安心感が心を満たす。


「芽衣ちゃん、雨音君」


 若宮さんが机をトントンと叩くと、芽衣はこっちに気づいたようでイヤホンを外してからこちらに振り向く。


「壮太なんか言ってた? ごめん」

「いや、俺も偶にそうなるし気にしないでいいよ。でだ、修学旅行の班一緒にしないか?」

「うん、いいよ。じゃあ、あと二人だね。どうしよっか」

「待て、俺らは?」

「ははは、冗談だって」


 早々に決まった班員は、俺、芽衣、若宮さん、そして篠崎と完全にいつものメンバーだ。


「じゃあ、決まったし勉強するか」

「そうだね、試験も近いし」


 いつの間にか俺の席はクラスメイトに取られていたので、芽衣の隣で問題集を開く。


「マジで勉強始めるのか」

「そりゃするだろ」


 試験前だし、勉強しない方がおかしいだろ。班決め終わったら自習するように言われてるし。


「そうだけど、どこ回るかとか考えたいじゃん」

「いや、それは試験終わってからでも考えられるだろ」

「そうだけどさー」


 勉強したくないのか、他の理由を探し出す篠崎。別に勉強しないで苦しむのは、本人だが、また課題教えてくれと泣きつかれても困る。


「芽衣と若宮さんだって勉強してるぞ」

「ほんとだ。っていうか、廣瀬さんも最近ずっと勉強してるよな」


 まあ、確かに。2学期に入ってから授業とかも真面目に受けて先生に質問までしに行ってるもんな。


「壮太と釣り合いが取れるように、勉強も頑張りたいんだ」

「お、おう」


 嬉しいけど、俺がそれなりに勉強できるってところで、ようやく釣り合いが取れてると思ってるんだけど。俺、次は何できるようにすればいいの? 運動?


「あー、俺コーヒー買いに行ってくる」

「待って和也くん、私も行く」

「はいよ」


 逃げるように教室を出て購買に向かう二人。

 俺も一緒になんか買いに行けばよかった。多分にやけて顔が大変なことになってるだろうし。

 深呼吸して、問題集の続きに取り組む。試験全体の難易度が下がるとはいえ、最後の数問は入試レベルの問題が混ぜられるし、その辺もしっかり点数を取れるようにしておきたい。


「ねえ、壮太」

「どうした?」

「ここ、分かんないんだけど」

「そこは応用だからな。ちょっと見せて」


 いいよ、と言った芽衣からノートを見せてもらい、つまずいている箇所を探す。


「ここが間違ってるから、そのせいで分かんなくなってるんだと思う。一個前の応用だから、難しく考えないで同じようにやってみて」

「分かった」


 騒がしい教室の中、芽衣がノートに書きこんでいく音だけが鮮明に聞こえ、それをBGMに俺も問題集の問題を片付けていく。


「解けた!」

「そりゃ良かった」


 芽衣のノートをちらっと横目で見るが、間違っているところはない。応用とはいえ、基本となる部分をしっかり押さえていれば、そんなに苦戦しない問題だ。裏を返せば、基本が出来てないと苦戦する問題ということになる。

 問題一つの出来を取っても芽衣が先ほどの言葉通り、勉強を頑張っていることが伝わってくる。


「ありがとね」

「お、おう」


 このタイミングでその笑顔はちょっと反則じゃないですかね。

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