第21話
中間試験が終わり、1年生と3年生は忙しなかった日々にようやく一息をつく。浮ついた空気が抜けきらないままの2年生は、ついに最大の障害が取り払われ、目前となった高校生活最大の行事にテンションが上がる一方だ。
とはいえ、それは俺らも同じで、試験が終わったばかりだというのに、駅前の喫茶店で飲み物片手に旅行雑誌を広げている。
「このスイーツ美味しそうじゃない?」
「限定品だって、お土産にしよっかな」
芽衣と若宮さんは花より団子、いや、古都よりスイーツと言わんばかりに、ページをたっぷり使ったスイーツ特集に目を輝かせている。
中学の時の修学旅行でメインとなるような場所は回り切ったから、スイーツ食べ歩きもいいかもしれない。
「雨音、見ろ。名店が軒を連ねるラーメン激戦区だ!」
「篠崎、お前も食い気か」
「建物見てもなんも思わんからな」
修学旅行の学校が掲げた目的たる『歴史ある文化を直接見て触れることで、この国の歴史的背景や伝統についての見識を深めるとともに、集団生活を通して公衆道徳について望ましい体験を得ること』を達成できそうにないけど、大丈夫だろうか。
文化祭といい、学校行事で触れる文化は食文化だけかとか思っちゃうまである。いや、食文化は嫌いじゃないけどね。何なら好きだ。
「修学旅行後の感想文に食った話しか書けなくなるぞ」
まあ、先生も修学旅行くらい多めに見てくれるとは思うが、小言や嫌味の一つや二つ言われそうだ。それくらいで、親の金使って芽衣と楽しくデート出来るなら安い気もするが、そういうのも出来れば無い方がいい。
「建物見ても、金箔の装飾すげーと思ったくらいしか書けないんだ。だったら初っ端から食レポにしようって魂胆だ」
俺が女子だったら、ついうっかり惚れそうになるようなイケメンスマイルでそう言う篠崎。言ってることは全くかっこよくないのに、かっこよく見えるのが解せない。
「壮太はさ、行きたいところとかあるの?」
「いや、特にないな。中学の時に有名どころはあらかた回ったし」
「まあ、そうだよね。私もそうだし。海外とか、海とかがよかったなぁ」
海はこの時期に行っても大したことできないんじゃないか、と俺が返すとそれもそっかー、とさらに返ってくる。
「まあ、アレだ。だからこそ自由行動の日はさっき見てたの回るとかできるし、良いんじゃないか?」
「そうだね」
この辺のとか美味しそうじゃない? と隣で口にする芽衣と一緒に旅行雑誌を眺めていると、正面からニヤニヤとした視線を感じる。
「なんだよ」
「いや、相変わらずだと思ってな」
「それ、この間試験勉強してる時も言ってなかったか?」
「そうだっけか。まあ、仲いいって言ってるんだからいいだろ」
まあ、いいけどさ。
「そういえば芽衣、勉強頑張ってたけど試験の出来はどんな感じだった?」
「今までよりはずっと出来たよ。壮太が教えてくれたとこピンポイントで出たし、壮太ほどじゃないけどいい順位に入れそう!」
「いや、芽衣が頑張った成果なんじゃないの」
芽衣が今学期ずっと頑張ってきたのを俺は見てきたし、俺のおかげというよりちゃんとやってきた芽衣の積み重ねの成果だろう。
「甘いものは別腹っていうけどアレは見てるだけで胸焼けしそう」
「だよな」
「ちょっと、若宮さん。アレとかいうのやめようね」
見てるだけで胸焼けしそうとかそんなことないだろ。ってか篠崎もしれっと同意するなよ。
「ぼちぼちいい時間だし帰るか」
時計の短針はそろそろ6を指し示そうとしている。結局大したことも決めないまま数時間居座ってたらしい。
「もうそんな時間かー」
「結局食べたいもの並べただけで終わったな」
「まあ、適当にその辺食べ歩けばいいんじゃない」
「それもそうだね」
支払いを済ませ、喫茶店を出る。辺りはすっかり暗くなり、吹き付ける風には少しの温かさも残っていないどころか、少し冷たい。
「もうすっかり秋だね」
「だな」
もはや通学路なんじゃないかってくらいに歩きなれた芽衣の家へと続く道を二人で歩く。
「いっつも私送ってくれるけど大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。こんな暗いのに芽衣を一人で帰すのもアレだし」
「大丈夫ならいいんだけど」
ボソッと、一緒にいる時間増えるし、とつぶやく芽衣。
聞こえないように言ったつもりなのかもしれないけど、聞こえてるからね。
少し火照った顔も、秋を感じさせる風によってすぐに冷まされる。
「あれ、雨音君?」
声のした方には、住宅街の向こうにある高校の制服に身を包んだ女子高生が一人。
「壮太の知り合い?」
「ああ、うん」
キャパオーバーしそうな量の中学の記憶をたどらずとも、芽衣に勝らずとも劣らない容姿をもつ彼女の名前はポンと出てきた。
「…………姫野」
何でここで、などと言っても仕方ない。彼女もまた帰り道の途中で偶然ということだろう。続ける言葉は見当たらず、予想外の邂逅に身体は思うように動かない。
「覚えててくれたんだ、嬉しいな」
その人懐っこい笑顔を向けられたのはいったい何年ぶりだろうか。
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