第21話

 ギャラリーから逃げるように、射的の屋台を後にした俺たちは、適当に屋台を見て回ったのち、公園の片隅に来ていた。


「いやー、遊び倒したな」

「これで明日が休みだったら言うことないんだがな」

「明日は登校日だもんね」


 ベンチに座り、買っておいたかき氷をそれぞれつつきながら、適当に話している。


「やめてくれ、帰るまでは忘れてたいんだ。そんな悲しい真実は」

「じゃあ、忘れるために花火でもする? 打ち上げは見れないけど、ちょっと行ったところに手持ち花火用の場所が用意されてるんだって」


 若宮さんの提案に全員が、行こう、と賛同する。

 夏祭りと花火は必ずしもセットってわけじゃないのだが、花火がないと、どうしても物足りなく感じてしまう。幸いなことに、手持ち花火は型抜きでもらったものがあるわけだし。


「そうと決まれば、まずはこいつを片付けるか」


 まだ半分ほど残っているかき氷を掻っ込む篠崎。分かってはいたが、あー、と声を上げ頭を押さえだす。


「和也君ってかっこいい時と残念な時の温度差すごいよね」

「篠崎はそういうやつだ」

「さっきの射的とかはかっこよかったのに」

「それは壮太もかっこよかったよ」

「あー、そう」


 芽衣の言葉に顔が熱くなり、追い打ちと言わんばかりに、先ほど抱き着かれた時の事が鮮明に思い出される。顔がみるみる熱を帯びていくのが分かるので、篠崎に倣いかき氷を掻っ込む。

 顔の熱は急速に引いていき、おまけに莫迦な考えも消えていくが、代償として頭がキーンと痛み思わず頭を押さえる。


「そんなに急いで食べるから」

「芽衣ちゃん、雨音君のはそういうのじゃないと思うよ」


 若宮さん、冷静な指摘をしないで篠崎の相手でもしてあげて。お願いだから、芽衣に余計なこと言わないでくれ。


「そうなの? じゃあ、いっか」


 それから間もなく芽衣と若宮さんも食べ終わり、手持ち花火ができるというスペースへと向かう。



 手持ち花火のスペースには決して多くはないけれど、少なくもないくらいには人がいた。内訳は中高生と親子が半々くらいの比だ。端のよさげな場所を拝借し、必要なものを借りて準備する。


「ここ、めっちゃ用意周到だよな」

「多分だけど、こういう場所を用意しとくことで、海岸でやる人減らしたいんじゃないか?」

「雨音君の言う通りだと思うな。ここでやるなら、必要なものは全部貸し出すとかするのも、海岸とかで好き放題やって片づけない人が減るようにじゃない」

「全然そんなの考えてなかった」

「なるほどな。でも、難しい話はその辺にありがたく使わせてもらおうぜ」


 まあ、それもそうだな、と答えてろうそくに火をつける。


「じゃあ、やろっか」


 そろってススキ花火に火をつける。火が燃やし紙の部分を燃やし、火薬の部分に到達する。すると、シューと音を立てながら勢いよく火花が飛び出す。


「おおー」

「すごい、綺麗」

「そうだな」


 火薬の半分まで燃えたところで、今度は色がさらに明るくなり、火花の吹き出す勢いはさらに強くなる。


「色が変わるのね」

「そうみたいだな」


 火花を吹き出す勢いは収まることがないと思えるほどだったが、前触れもなく突然に消えてしまう。


「なんというか、あっという間だな」

「そういうもんだ。それにまだあるし」


 それもそうだな、と言った篠崎がバケツに燃え尽きた花火を入れると、ジュッと音がして花火は水の中に沈んでいく。


「私このジュッて音好きだなぁ。なんか花火やってるんだなぁって気がする」

「いや、花火持ってやってたでしょ」

「そうなんだけどさ、自分で持ってやるより、見てる方が多いからね」

「じゃあ、今日は好きなだけやればいい。芽衣が取ったやつだし」


 芽衣は、うん、と言うと今度は2本を火に近づける。2本のススキ花火は火薬に火が付くとそろって火花を吹き出す。


「違う色なんだな」

「うん、そうみたい」


 芽衣が2本から出る火花を空中で混ぜると、さらに綺麗に見える。これも途中で勢いと色が変わり、あっという間に消えてしまう。

 こんなことを繰り返すうちに残ったのは、ススキ花火よりも量が多い気がしてくる線香花火。


「線香花火って最後に残りがちだよな」

「まあ、ススキとか派手なのをやってる時にやろうとは思わないからな」

「それもそうか」

「まあ、線香花火で締めるってイメージあるよね」

「そうだな」


 そう言って線香花火に火をつけると、線香花火は、まず、ゆっくりと膨らむように燃えていく。そして、広がるように火花を散らしだした。鼻には線香花火独特の火薬の燃える匂いがつく。


「綺麗だね」

「ああ」


 次第に多方に飛んでいた火花が、柳の枝を思わせるように下の方へと飛ぶ方向を変え始めた。


「いっつもこの辺で落ちちゃうのよね」

「すごいな。俺はこの前ので落ちるのばっかりだ」

「篠崎は落ち着きが微妙に足りないからな」

「あっ」


 風に煽られ、火花を飛ばしていた火球が落ちてしまう。


「もう一回やるか」


 各々、線香花火を持って再びチャレンジ。先ほどと同じように変化しながら燃えていく花火。あっという間に先ほどと同じところまでやって来る。息をのんで見守っていると、音が変わり細い線状に火花が伸びていく。

 確かこれが最後の形態で散り菊とか言ったはずだが、確かに菊の花を彷彿とさせてくる。

 そんな線香花火もついに火球から火花が出なくなり、燃え尽きる。


「最後まで行ったね!」

「お、おう」


 顔を上げると、すぐ目の前に芽衣の顔がある。視線を背けた俺の鼻には、まだ火薬の匂いが薄っすらと残っていた。

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