第16話
「進路希望調査票の提出期限週明けだから、まだ出してないやつは忘れるなよ」
宮野先生のそんな言葉と共にチャイムが鳴って、今週の学校生活が終わりを告げた。
私の視線の先には、珍しくのんびりと荷物をまとめている壮太の姿が映った。私は荷物をまとめるのを後回しにして声をかける。
「ねえ、壮太」
「どうした?」
「一緒に帰らない?」
「いいよ。今日は祐奈塾で時間に余裕あるし」
荷物をまとめ、昇降口を目指して二人で廊下を歩いていく。換気のためか、わずかに開いている窓から吹き込んでくる風は、肌を切るような鋭利さを持っている。この間よりも寒くなって、季節は確かに真冬に向かって行っている。
もうすぐ日も落ちて、寒さはより一層増すだろう。
「こんな寒い中で塾通いなんて、祐奈ちゃんも大変だね」
「まあ、おかげで成績は伸びてきて、少しは余裕が出来てきたけどね」
「そっか。じゃあ、兄妹で一緒に登校とか出来るかもね」
「まあ、そうなって欲しいな」
そういう壮太は、私に向けるのとはまた違った、家族への優しい目を少し遠くの方へと向けてる。
ちゃんと制服を着てみても、私みたいに着崩してみても、祐奈ちゃんならばっちりと着こなしてくれそうだ。
少し気が早いが、壮太のようにその姿を想像して、小さく笑みをこぼす。
「そういえば、祐奈ちゃんはどんな感じで過ごしてるの?」
来年は私たちもだが、私の可愛い妹、唯織も受験生だ。役に立つかは分からないけど、参考までにどんな感じか聞いておきたい。私の時は無理やり叩き込んだだけだったけど、もっと効率のいい方法とかあるはずだし。
「帰ってきたら炬燵で勉強して、夕飯食べたらまた勉強。そして寝落ちって感じ。夕飯後は俺が付きっきりで見てるけど」
「志望校の首席が見てくれるって受験生としてはめっちゃいいじゃん。けど、壮太は大丈夫なの?」
「祐奈が寝落ちした後、ベッドまで連れて行って、そこから予習と復習してるから、それなりにキツいけど、それくらいしかしてやれないし」
何時ごろかは言っていなかったが、寝落ちするまでってことはそれなりに遅い時間のはず。唯織だって結構な時間まで起きてるし。そこからさらにって……。
壮太の顔をよく見れば、目の下には薄っすらとだが隈が出来ている。
祐奈ちゃんの試験まではあと3週間を切ったというところ。いつからやっているのかは知らないけど、きっと、あの時みたいに無茶しちゃいそうだ。壮太は何でも一人で抱え込もうとするし、それで片付けられてしまうスペックがある。その原因は前に聞いた一件とか、家庭環境のせいなんだろう。
でも、遠慮なんかしないで、頼ってほしい。そんな気持ちを込めて口を開く。
「休みの日とか、私も手伝えるから少しは休んでね。壮太ほどの力にはなれないだろうけど、だからって手伝っちゃいけない理由にはならないと思うし」
「いや、まあ、分かった、頼らせてくれ。けど、暇な時だけで良いからな」
壮太からまあ満足できる言葉が返ってきたところで、昇降口についてしまった。靴を履き替え、二人で通学路を歩く。
祐奈ちゃんが受かれば、それは嬉しいことだけど、こういう時間も減ってしまうのだろう。いや、土曜日も登校になるから、その分は補填されるか。
「進路希望のことなんだけどさ、私も特進クラスにしたから」
「そうか」
素っ気ない訳ではないが、驚いた様子もない返事に、それだけ? と思わず声が零れてしまう。すると壮太は少し驚いたような表情をしてから、優しく微笑んで口を開いた。
「芽衣が色々考えて、悩んでたのは知ってたからな。その結果がどうであれ、驚いたりはしないって」
「見ててくれたんだ」
「まあな。祐奈につきっきりで相談とかには乗ってあげられなかったけども……」
軽く頬をかいて、少し申し訳なさそうに視線が逸らされる。
「いいよ。祐奈ちゃんに時間使ってあげてって言ったの私だし」
「そう言ってもらえると助かる。でも、まあ、来年も同じクラスなのは嬉しいよ」
「他のみんなとは離れちゃうけどね」
「まあ、揃えて選んだところで、特進以外はクラス分けで分かれる可能性もあるんだ。だから、そういうもんなんだろ。それで縁が切れてそれまでって仲じゃないし、進む先が違っても遊べるだろ」
いつもの少し不器用な、それでいて気を使った言葉に安心感を覚える。
風が運ぶ季節は少しずつ巡っていって、取り巻く環境も色んな関係も変わってしまうのだろうけど、これだけは変わらない、そんな風に感じた。
誰にも渡せない私の居場所。その所有権を主張するようにして私は右腕を絡める。
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