第15話

 少し忙しなくも、壮太との仲が深まった気がする年末年始も終わり、ようやく始まった新学期。

 目下私を悩ませているのは、その初日に配られた進路希望調査票。締め切りは三年生の試験明けまでだが、その三年生がピリピリとした空気をまとっているのが、空欄を埋めるのを躊躇わせる。

 三年生のクラス分けにも影響してくるこれは、文系クラスか、理系クラスか、国公立志望のための特進クラスを希望するかを問われるもの。もっとも特進クラスは二学期の試験の平均順位が50位以内じゃないと選べないけれど。


「芽衣はどうするん?」

「考え中。そう言う莉沙こそどうなの?」

「決まってたら聞いてないし。菜々香は?」

「私は文系。これ以上公式とか、カタカナとか覚えたくない」

「じゃあ文系の日本史選択?」

「そういうこと。日本史なら何とか内申稼げるから、生徒会役員やってるのと併せて推薦狙う。入試は一夜漬け効かないし……」


 空欄のない進路希望調査票を机において、携帯を弄りだしたななちゃん。莉沙と私は未だに空欄だらけの進路希望調査票を並べてため息を溢す。

 学費の心配はしないで良いって言われているとはいえ、唯織に拓弥、朱莉に選択肢が残るように学費は極力かからないところを選びたい。とはいえ、進学するつもりの私の選択肢は二つ。一つは文系クラスに行って、そこそこの私立で特待生を取ること。もう一つは、この間の試験のおかげで選べるようになった特進クラスで国公立を目指すこと。


「二人は何で迷ってるの?」

「え?」

「いや、進路なんてやりたいことがあってそこから逆算するか、私みたいにやりたくないことを避けるかしかなくない?」

「やりたいこととか特に決まってないし、どっちもそこそこできるから……。彼氏からは自分のことだから自分で選べって言われたし。あーしを思って言ってくれてるのは分かるけどさぁ……。それにこのグループも澪は理系らしいし、バラバラじゃん」


 力のない声でそう言った莉沙は、もう分かんないしとそのまま机に倒れこむ。そこにはグループのリーダーである莉沙の姿はなく、変化に戸惑う年相応の姿が映る。

 放課後の教室に響いた莉沙の心の内は、確かに共感できる部分が多くて、クラスが変わっても休み時間は会えるじゃん、なんてありきたりな言葉も返せなかった。多分そういう簡単な言葉で片付けちゃいけないんだと思う。


「芽衣ちゃんは何で悩んでるの?」


 莉沙が落ち着くのを待ってから、ななちゃんが今度は私にそう聞いてきた。私は学費のことや、学力的にギリギリであることをポツポツと言葉にしていく。


「うっ、眩しい」

「眩しいって、やめてよ」

「だって消去法で適当に選んだ私が恥ずかしくなるくらい、色々考えてるじゃん。家族のこととかも」

「芽衣はそれでいいの? 家族のことばっかりで自分のことは」

「私、将来はカウンセラーになりたいって思ってるから、進路は心理学部だしちょうどいいんだよね」

「将来のことも考えてるとか、芽衣ちゃん完璧じゃん」

「いや、全然完璧なんかじゃないから。完璧だったら特進クラスの授業についていけるかで悩まないって」


 ななちゃんといくらか言葉を交わしていると、突っ伏していた莉沙がそっかぁと小さく溢す。そしていくらかの沈黙ののち、真っ白な進路希望調査票をつかんで鞄に突っ込んだ。


「帰って一人で考えてみる。やりたいこととか。参考になったし」

「そっか、また明日ね」


 小さな返事と共に、莉沙は教室を後にした。


「ねえ、芽衣ちゃんは何でカウンセラーになりたいって思ったの?」

「なんで?」

「いや、私はやりたいこととか全然考えたことなかったから」

「ふーん。まあ、そんな大した理由じゃないけど、中学生の頃に家族のことで悩んで、変なところに着地しちゃったからかな。莉沙とか壮太のおかげで今はそんなことないけどね。だから、そういう子たちの力になれたらなって」

「めっちゃ立派だよ」

「そうかな。あっ、でもこの話は二人に内緒ね。恥ずかしいから」


 もうすぐ二年生が終わってしまう。まだ空欄ばかりの進路希望調査票を見ながら、進路について話していると、何となくのイメージが現実のものとなって実感を伴ってくる。

 まあ、それでも、センチメンタルな気分に浸っている暇はない。これを片付けたら乙女の祭典バレンタインが待っているし、あと少しなら、あと少しなりに全力で楽しまなきゃだ。

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