第14話

「お兄ちゃん、朝だよ。っていうか、もうお昼だよ」

「マジで? もうそんな時間?」


 ぼんやりとして重たい頭を無理やり持ち上げて時計を確認すれば、祐奈の言っていた通り、11時を過ぎてしばらくといったところ。


「もうすぐ新学期なんだから、生活習慣戻さないと芽衣さんに呆れられちゃうよ」


 そうだなぁ、と寝起きの気の抜けた声で答えて体を起こせば、祐奈はパタパタと足音を立ててリビングへと降りていった。その後ろ姿を見送って部屋着に着替える。


 机の上に散らかった寝坊の原因には気が付かなかったようなので、それを軽く整理してから部屋を後にする。


「やっと降りてきた。遅くまで何してたの?」

「いや、ちょっと部屋の整理を」

「大掃除の時にやってたじゃん」

「俺の部屋は後回しにしてたからほとんど出来なかったんだよ」


 祐奈とそんな言葉を交わしながら、キッチンに立って簡単な昼飯を作る。BGMは試験まで一か月半を切った祐奈のペンを動かす音だ。

 時間を作っては勉強を見ている限り、英語と社会、国語についてはまずまずといったところ。理系科目については基本的なものはできるが、応用問題になると言葉を濁したくなるような感じだ。よくいる文系の受験生と遜色ないレベル。ただ、第一志望がうちの高校だというので微妙なところ。

 本人もそれは自覚があるようで、冬休みに入ってからというもの、机に向き合っている姿がよく見られる。


「祐奈、そろそろお昼出来るぞ」

「うーん、分かった」


 年末年始の豪勢さに比べればだいぶ簡素に見えてしまう昼飯をテーブルに並べて、手を合わせる。


「いただきます」

「召し上がれ。俺もいただきます」


 箸を動かしていると、この時期どうしてた? と祐奈から声がかかる。


「参考になるかは分からんが、過去問から問題の傾向見て、そこと重なる苦手部分を重点的に復習してたな」

「うっ、傾向をみるとか出来る気がしない」

「この時期はやれることをやるしかないな。まあ、2年で問題傾向がガッツリ変わるってことはないだろうし、あとで持ってくるよ」

「お、お兄ちゃん!」


 目を輝かせてこっちを見てくる祐奈に現金だなぁとツッコミを入れて、再び箸を動かす。

 昨日の夜に追加で過去問を漁って傾向を分析し直したそれは、睡眠時間を削ったかいあって、さっそく役立ってくれるらしい。



 食後の一服も済ませ、また勉強へと戻った祐奈。その様子を少し眺めてから、部屋に頼まれていたものを取りに戻る。

 机の上には、昨夜作った問題傾向の分析結果や当時使っていた過去問集、ここ数日の睡眠時間を犠牲にした集大成たるお手製の解説書。


「祐奈、さっき言ってたやつと俺が使ってた過去問集な」

「ありがと」

「気にするな。昔使ってたやつを発掘しただけなんだし」

「いや、これって……。うん。分かった」

「部屋で課題やってるけど、分かんないところあったら遠慮なく聞けよ」

「分かった。頑張るね」


 * * *


 祐奈の勉強を見ながら出来る限りのサポートをしているとあっという間に冬休みは終わってしまった。

 久しぶりに登校してきた学校は、あけおめだなんだと言葉を交わす下級生と試験を目前にピリピリとした空気をまとった三年生が入り交じり、この時期特有の雰囲気が形成されていた。

 この教室は当然ながら前者で、活気とざわめきで満ちている。

 もう三か月もすればこのクラスとも、つまりは高校二年生が終わってしまうのだと、ピリついていた三年生を見てからずっと考えていたが、そんな思考も聞きなれた声によって中断される。


「おはよー、壮太」

「うん、おはよう」


 クラスメイトがしている新年のあいさつは一番に済ませてしまったので、いつも通りのあいさつを返す。


「冬休みはどうだった?」

「芽衣が知ってる通りだよ。あとは祐奈の勉強をひたすら見てた」

「大丈夫そうなの?」

「今のところ五分五分くらい。本人もそれはわかってるみたいだし、ここからどれだけやれるかだな」

「そっか。じゃあ、受験終わるまでは祐奈ちゃんについてあげなよ」

「芽衣がそう言うならそうさせてもらうけど、いいのか?」

「いいよ。私も祐奈ちゃんが後輩になってくれたら嬉しいし」


 芽衣はそろそろ行くねと言い残して、あーしさんの方へと向かっていった。そして、その代わりと言わんばかりにやってきた篠崎が声をかけてくる。


「あけおめ、ことよろ」

「おう、今年もよろしくな」

「にしても、随分と仲がよろしいようで。文理選択も揃えるのか?」

「いや、そこを揃えてもしょうがないだろ」

「まあ、それもそうか。ちなみに雨音はどうするんだ?」

「俺か? 国公立志望のコースにするつもりだけど」

「国公立……。俺には縁遠いな」


 篠崎が遠い目をしてそう言ったところで、チャイムが鳴った。


 しかし、まあ、文理選択か。

 この後配られるであろう今年度最後の進路希望調査票が、何となく考えていた二年生の終わりを確かに迫る現実のものとして意識させる。

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