第17話

 雨音家に何度かお邪魔して、頑張りすぎる壮太に代わって祐奈ちゃんの勉強を見ていると、あっという間に一月も終わり、校内、いや街中が甘い空気で満たされる月がやってきた。

 その空気に飲まれるようにして、ななちゃんと莉沙、私は今日も放課後の教室で話し合いをしている。


「芽衣ちゃんはさぁ、バレンタインどうする?」

「壮太にはあげるけど」

「いや、それは知ってるから」

「菜々香が聞きたいのは手作りか市販品かって事っしょ」

「そういうこと」

「まだ考え中。一応作る練習はしてるけど、売ってるのみたいに綺麗な見た目にならなくてさ。壮太ならもっと上手くできる気もするし」

「まあ、雨音は料理上手いもんね」

「いや、でも雨音君のことだから、芽衣ちゃんの手作りってだけで喜ぶんじゃない?」

「まあ、それもありそうだし」


 軽く想像してみれば、喜んでくれる様子は簡単にイメージ出来た。でも、お菓子作りなんてそんなにしないし、バレンタインにチョコを渡すのは初めて。試作品の味はまあ、美味しいかな? って感じで、見た目も歪。それよりも美味しくて綺麗な市販品でいいんじゃないかと、臆病な私が耳元でささやくのだ。


「私のことはいいよ、とりあえず。二人はどうするのさ」

「あーしは手作りが良いって言われたから作ることにした」

「私はお母さんに習ってケーキを」

「そっか……」


 私が二人の言葉を聞いて小さく呟けば、莉沙は少し荒い口調で口を開いた。


「あー、もう。今から本屋に手作りチョコのレシピ本探しに行くし」

「えっ?」

「それから、ラッピング用のリボンとか見に行って、製菓用のチョコも買うし」


 片手にはカバンを、もう片方の手で困惑する私の手を取って、教室を出ていこうとする莉沙。


「あーしだって、美味しく作れる自信なんてない。けど、諦めるなら出来る限りやってみてからでも良いっしょ」

「莉沙ちゃんの言うとおりだよ。ほら、早く行こ。キッチンなら、うちのが空いてるから」

「えっ、あぁ、うん。分かった!」


 二人の勢いに押されるように、カバンを持って教室を後にする。


 * * *


 まずは細かく刻む。それから、刻んだものを湯煎にかけて……。

 毎日のようにななちゃんの家にお邪魔して、確認した手順を順番になぞるようこなしていく。


「ねえちゃん、怖い顔でなにやってんの?」

「バレンタインの練習よ。お兄ちゃんにあげるために頑張ってるみたいだから邪魔しないようにね。あとで出来たのを分けてもらいましょ」


 もうすぐそこに迫ったバレンタイン。包装は決まったが、中身の出来栄えは未だに満足いくところまでやってきたわけではない。だから今日は家族に振舞って、その出来を見てもらうことにした。

 先ほどから、ちらちらと様子を見に来る朱莉と拓弥の相手はお母さんにお願いして、慎重に手を動かす。



「出来た……」


 電子レンジから焼きあがったガトーショコラをゆっくりと取り出す。見た目はまあ、及第点に乗ったかなと言えるくらい。


「いい匂いね。ちょうど出来たところかしら?」

「あっ、うん」

「じゃあ、軽く盛り付けて試食会といきましょ」


 お母さんのその言葉に頷て、出来上がったガトーショコラを人数分に切り分ける。


「うーん、あんまり美味しくない」

「いつものチョコがいい」


 全員分を机に運び終わる前に、食べ始めていた拓弥と朱莉から容赦のない一言が私を襲う。


「そ、そう……」

「お姉ちゃん、私は美味しいと思うよ」

「いや、唯織、お世辞はいいよ」


 二人の言葉を受けて、崩れ落ちた私に寄り添うように唯織は目の前でそれを食べて見せる。


「美味しいと思うよ」

「そうね。美味しいと思うわ。ただ、少し大人向きの味で、二人には」


 お父さんとお母さんは唯織と同じように肯定的な感想を口にしてくれる。それが嘘でないと言わんばかりに、もう一つと手を伸ばしている。


「信じられないなら、食べてみればいいわ」


 お母さんの言葉に小さく頷いて、私の分のひと切れに手を伸ばす。

 口に入れれば、控えめの甘さが広がる。出来は練習してきた中では一番。けれど、体重計に乗るのを気にして、控えめにした甘さが少し裏目に出てしまったのかとも思える。


「壮太君なら、芽衣が作ったってだけで嬉しいんじゃない? だから、芽衣はしっかりと気持ちを込めてあげればいいのよ。味はいい感じなんだから。気持ちの大切さは、ご飯を作るときに分かってるでしょ」


 私は、お母さんの言葉に小さく頷いて、手元に残っていたガトーショコラを口に放り込む。

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