第14話

 祐奈とともにやって来た大型商業施設は、開店時間から1時間と経っていないのに店内はどこもかしこも人ばかり。

 人が多すぎる。連休初日から出かけるとか暇なの? いや、はたから見れば、俺もその中の一人になるのか。

 俺はここに着くといきなり女性向けの服屋に連れていかれた。今は店員に不審がられながら試着室の前にいる。開催されているのは、雨音祐奈によるファッションショーだ。


「どう? 似合ってるお兄ちゃん?」

「あーうん、似合ってるよ」


 ファッション、流行といった類については、全くと言っていいほど分からないので、とりあえず直感で答えていく。祐奈は素材がいいから、よほど外したものでも着ない限り、ちゃんと絵になるので、大体の感想が似合ってる、になるのだが。俺と同じ両親から生まれたとは思えないほどだ。

 それにこの、似合ってる? は本人の中ではすでに決まっているものを当てるゲームなのだ。

 前にこの説明を祐奈から受けたとき、なんだこの意味のない行為は、と思ったが、それは今回も変わらない。決まってるなら試着してサイズの確認だけして買えよ。やはり女心というのは難しいし、一生分かる気がしない。

 祐奈が再びカーテンの向こうに戻っていったので、また手持ち無沙汰になる。あたりを見回してみると、俺と同じような状態の男が何人かいるのが分かる。まあ、彼らの場合はカーテンの裏にいるのが妹ではなく彼女なのだろうが。

 ふと、やたらと知り合いに似ている男と目が合った。

 あの若干疲れた感じは間違いなく副会長だろう。となるとカーテンの向こうは会長か。向こうもこちらを認識したらしく軽く頭を下げあう。そして互いを見なかったことにする方向に決まった。

 それから間もなくまた祐奈が出てきた。


「どう? さっきとは傾向を変えてみたんだけど」

「似合ってる、似合ってる。いい感じだと思うよ」


 祐奈の機嫌が悪くなっていくのが分かる。


「お兄ちゃん、なんで何着ても反応が一緒なのさ! ちゃんと見て!」

「いや、どれも似合ってるんだって。感想のボキャブラリが無いのは悪いが」

「じゃあ今鍛えよ! お兄ちゃん、そんなんだと廣瀬さんに相手にしてもらえないよ」


 また、それを引っ張り出すのかよ。そんなに俺と廣瀬をくっつけたがって、くっつけたら金でも貰えることになってんの?


「最初から相手にされてねぇから安心しとけ。で、何買うの?」


 祐奈が試着室にもっていったものの試着は全部終わったはずだ。しかし、試着するだけでも結構長いなぁ。


「とりあえず決めたけど教えてあげない! 下着も買うからお兄ちゃん本屋にでも行って待ってて。精神的に疲れたでしょ」

「マジで!? じゃあ俺本屋行くわ。買い終わったら来てくれ」

「お兄ちゃん、祐奈は許すけど、別行動できることを露骨に喜ぶのは女の子的にはマイナスだよ」


 はいはい、と言って女性向けの服屋を後にする。


 館内をふらついて本屋にやって来た。やっぱりいいな、この本ばかりの空間は。精神値が回復していくよ。

 とりあえず、気になっていた専門書をいくつか手に取り確認してから、かごに入れる。それから平積みされた新刊を見て回る。


「雨音さん、こんにちは」


 廣瀬家の次女、唯織ちゃんが声をかけてきた。


「ああ、こんにちは」


 さて、彼女とはあまり話さなかったし、何話せばいいかわからないな。というか何で話しかけてきたんだ?


「雨音さんって勉強できるんですよね。何かおすすめの参考書ってありますか?」

「まあ、それなりに出来る方になるのか」


 こんなんでも一応次席だしね。主席の委員長に毎度一歩及ばない辺り、自分の詰めの甘さを感じてる。まあ、主席と次席で大きく認知度が変わるし、俺が次席なのを知っているのは、篠崎と祐奈くらいだが。


「しかし参考書か」

「はい。周りは塾に行ったりとかしてるんですけど、うちは姉弟多いのであんまり負担かけたくなくて」


 まあ確かに負担は多いよな。塾とか考えるのは廣瀬と唯織ちゃんくらいだけども、それ以外は4人分かかってくるわけだ。助成とかはよく分からんから何とも言えんが、塾に二人を入れるとかするのはしんどいのだろう。


「お姉ちゃんと私の受験が被るので、せめてお姉ちゃんの心配が減るように自力でもちゃんと成果を出してたいんですよ。お姉ちゃんはずっと私たちのために我慢してくれてるから」


 その目は真剣そのものだった。あんまりこの手の相談は得意じゃないんだがな。


「まあ、気持ちは分かったが、俺とてそんなに詳しいわけじゃないぞ。教科書読んで買ってきた問題集解いてるだけだから、塾とかでどうしてるのかは知らん」

「雨音さんは、自力で次席にいるんですか!?」


 すごい勢いで食いついてきた。

 ところで、なんで俺が次席ってこと知ってるの? まあ、いいんだけどさ。


「中学の時は部活入らなかったら、親にせめて勉強しろって言われてたし、高校入るタイミングで妹と二人暮らしになってからは、家事やらなきゃいけないから塾とか入るわけにはいかないしな」


 尊敬の意がこもった視線がこちらに向けられる。なんと言うか、気恥ずかしいな。


「あれ、お兄ちゃん何してるの? ナンパ?」


 莫迦な言葉が話に割り込んできた。声の主はもちろん祐奈だ。

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