第5話

 翌日、昨日と同じように廣瀬は絡んできた。クラスメイトの視線は今日も俺に多く向いていたが、隠れずとも質問攻めにされることはなかった。まあ、休み時間は篠崎の勉強を見ていたからなのだが。

 一緒に篠崎の勉強を見ていた委員長曰く、気になりはするけど篠崎を留年させるわけにはいかない、とのことで俺は質問攻めを回避できたらしい。

 篠崎よ、お前のおかげで助かったわけだが、クラスメイトの大半から心配されるようなお前の頭脳で再試を突破させる自信がなくなってきたぞ。




 篠崎の相手と授業とで、あっという間に半日が終わり昼休みがやってきた。


「あれ? 今日は愛妹弁当じゃないんだな」


 机の横のフックに引っ掛けておいたコンビニのビニール袋を机に置いて、包装されたおにぎりを出したところで篠崎がそう聞いてくる。


「今年から給食になったらしくてな。朝飯のついでに作ってきてもよかったんだが、お前の相手をするとなるとなぁ」


 昼休みをすべて使っても再試を通るかと言われたら微妙なところだ。悠長に飯なんて食おうものなら来年には、雨音先輩! と篠崎に呼ばれかねない。それだけは何とか避けたいもんだ。

 篠崎は俺が言わんと事を察したらしく、ものすごい速度で弁当を平らげた。少しばかり体調が心配になるレベルだ。まあ、こいつの場合は体調よりも成績を気にしないといけないのだろうが。


 昼休みも半分。篠崎の精神以上に俺の表情筋を疲れさせた時間もあと20分といったところか。普段人とそこまで話さず衰え気味の表情筋は、今日の休み時間に休みなく篠崎に再試範囲を教えたおかげで限界に近い。果たして俺の表情筋は持つのだろうか。

 表情筋の心配もそこそこに、そろそろキャパを超えオーバーヒートしてしまいそうな篠崎の方に向き直る。どっかで休憩させないとか。まだ本人にやる気はあるらしく、ルーズリーフに写した計算問題には少しずつ解答が記入されていく。これが間違っていないといいんだが。解き終えられた問題に目を通していくと、頬のあたりに冷たい何かが当たった。


「調子はどう?」


 振り返り確認すると、やって来たのはあーしさん率いる派手めの一派のようだ。頬に冷え切った缶ジュースを当ててこちらに話しかけてきたのは廣瀬だ。


「見ての通りだよ。なに用で?」

「せっかく芽衣があんたらを気にして来たのにその態度どうなの?」


 あーしさんの鋭い眼光がこちらをとらえる。めっちゃ怖い。


「あー、すまん」

「いや、あーしに謝ってどうすんのよ。芽衣に謝んな」

「廣瀬さん、なんか気にしてもらったのにごめん」

「いいよ、それより大丈夫?」


 鋭い眼光からようやく解放された。とはいえまだ油断ならない。あーしさんの眼光は精神衛生上よくない。ついうっかり財布を差し出しかねん。まあ千円と入ってないけど。


「まあ、何とかなるだろうな。厄介な古典と日本史は幸いにも課題プリントだ」


 答え合わせを終えた先ほどのルーズリーフを渡す。正答率は五割といったところ、文系クラスの数学は平均点が40点をかろうじて上回る程度。平均点越えで再試合格という条件的にギリギリだがいける。古典は俺も苦手な類なうえに平均点が七割弱。古典があったら篠崎には後輩になってもらうことになっただろう。


「じゃあ少し休憩しなよ。それ飲んでいいから」


 先ほどまで俺の頬に当てられていた缶ジュースだ。購買横の自販機で110円だったはず。財布をひっくり返して110円を探して渡す。


「私が勝手に買ってきただけだから」


 突っ返された。何度か渡そうとしたが、結果は同じ。どうやら受け取るつもりはないらしい。お前が触った金なんて要らねぇよ、という考えが一瞬脳裏をよぎったが、とりあえず忘れることにした。というか、もし、そうだったら登校拒否する自信がある。


「とりあえずもらっとく」


 くだらないやり取りを廣瀬さんがしている間、あーしさん一派は廣瀬を除いて篠崎と喋っている。篠崎大人気である。まあ、俺に話しかけられても共通の話題がなくて困るのだが。廣瀬はあちらに混じらなくてよいのだろうか……。


「廣瀬さんはあっちに混じらなくていいのか?」

「なんで? 今は雨音と話してるじゃん」


 なるほど、俺が一人になるので気を使ってくれてるのか。いい子かよ。

 もしかしてだけど、俺に罰ゲームで告白してきたのは篠崎との接点を作るためだった? 俺が教室で篠崎と話しているのはこの教室にいれば分かる。しかし、あーしさん一派は篠崎と話したい。そこで一派の中の誰かと俺に接点が出来れば、その誰かが俺に話しかけに行き、その間、他の面々が篠崎と喋ると。これなら不自然じゃないな。なるほど。いやー、ついに真実に行き着いた。祐奈、お兄ちゃんやったよ!


「なるほどね」

「絶対なんか勘違いしてるよ」

「そんなことない」


 結局、昼休みが終わるまで廣瀬の話相手にされてた。とはいえ、適当に相槌を打ってただけだけど。ところで篠崎の再試は大丈夫なんだろうか。まあ、楽しそうに女子に囲まれて話してるしいいか。

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