第33話
「いやー、大変だったね」
「まあ、そうだったな」
顔色一つ変えずに、しかも、生徒会役員も顔負けの速度で書類を整理してたじゃん、と思わずツッコミたくなったりもしたが、それはこちらにも返ってきそうなので、グッとこらえさせてもらおう。
「でも、ちょっと楽しかったよね」
「……え?」
芽衣の笑いながらの言葉に、思わず目を瞬かせて声が溢れる
「そんなに驚く!? いや、確かに大変だけどさ、想像しちゃうっていうの? もしみんなで生徒会に入ってたらこんな風だったのかなって」
芽衣が語るもしもの話は、なかなかに面白いものだった。
昼休みに放課後、忙しい時期はもちろん暇な時期も、生徒会室にいつものメンバーで集まって、愚痴をこぼしたり、試験勉強に勤しむらしい。生徒会室には私物が増えていって、生徒会役員特権の空調は毎日のように使われて、ちょっと職権乱用っぽい生徒会になるんだとか。
「職権乱用はともかく、悪くはないのかもしれないな。でも、何でそんなことを?」
「もうすぐ、みんなと違うクラスになっちゃうからさ。そうしたら生徒会の解散までは一緒にいられるかなって」
先ほどまでの楽しそうな声とは打って変わった寂しげな声で、呟くように芽衣は答えた。
「まあ、とりあえず、俺らは一緒な訳だし、それじゃダメか?」
「そんなことないけど。っていうか、壮太たまにそういう恥ずかしいこと言うよね。嬉しいけど、不意打ちは流石に心臓に悪いって」
「なんて返せば良かったんだよ……」
俺の呟きはいくらか強い風に流されて、行くあてもなく空を彷徨う。
※ ※ ※
「あれ? 雨音くんに廣瀬ちゃん?」
寄り道がてら駅前をふらついていると、聞き覚えのある声に呼び止められて、芽衣と共に振り返る。
「どうみてもデート中なんだから、そっとしといてやれよ、って遅かったか……」
「いえ、大丈夫ですよー。こんばんは、和泉先輩に鎌ヶ谷先輩」
「こんばんは」
「二人ともこんばんは。凛が呼び止めちゃってごめんね」
芽衣に続いて軽く頭を下げれば、鎌ヶ谷先輩は申し訳なさそうに返す。
「先輩たちもデートですか?」
「まあ、そんな感じ。食器とか見に来たの。ちょっと気が早いけど、新生活の準備ってやつよ」
「新生活の準備ってことは、一人暮らしでもするんですか?」
「いや、一人暮らしはしないよ。晴人と同棲だし。ね、晴人?」
芽衣と話していた和泉先輩から放たれた一言で、芽衣は呆然とし、鎌ケ谷先輩は頭を抱える。かくいう俺も衝撃を受けて、間の抜けた面を晒しているのだろうが。
「まあ、そうだけど、わざわざ言わないでもいいだろ。クラスであんなにイジられたのに」
「えっと、おめでとうございます?」
「芽衣、それとどめになってる……」
「いや、いいんだ。ありがとう」
少し疲れたような声で返す鎌ヶ谷先輩と、満足げな和泉先輩。どっちが主導権を握っているかは考えるまでもない。けど、まあ、お互い幸せそうな顔をしているのだから良いか。
「凛、そろそろ待ち合わせの時間」
「えっ、もうそんな時間?」
「あぁ。二人とも、呼び止めちゃって悪かったね。あと、さっきの件は黙っててくれ」
「別に喋ってもいいじゃん」
「そういう目で下級生に見送られる卒業式はごめんだぞ。若宮とか送辞の最後にいじってきそうじゃん」
「ななちゃんはそんなことしないって。私の後継だよ。言って試してみる?」
「いや、なんでだよ」
突如始まった割って入るのも躊躇われる夫婦漫才。それが迫った時間によって打ち切られ、二人がこの場をあとにするまでにはそうかからなかったが、なんというか、こう、傍から見ている方が恥ずかしい。
「なんというか、すごかったね」
「それ、鎌ヶ谷先輩には言うなよ」
「言わないって。でも、ああいう話を聞いてみると、進級とか進学も悪くないなって思えるよね」
「まあ、良くも悪くも変化をもたらすからな」
「にしても、同棲かぁ……」
感慨深そうに呟いた芽衣の頭の中ではどんな想像が繰り広げられているのだろうか。
「まあ、とりあえず、行こうぜ」
「うん。でも、その前にあれ食べない?」
芽衣の視線の先にはたこ焼き屋。
確かに、先輩たちに会ってからしょっぱいものが食べたかったから丁度いいかもしれない。
「いいぜ。ちょうどそういうの食べたかったところだし」
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