第32話
修学旅行というひと時の非日常は、芽衣をしっかり家まで送り届け終わりを告げた。
たかが数日ぶりだというのに、一人で歩く道はやけに寂しく感じる。疲れ切っているのと、明日からやってくるという一足早い寒波の所為な気もするが。
そんなことを考えながら歩き続けていると、ようやく懐かしの我が家が見えてきた。
「お帰り、お兄ちゃん」
行きよりもいくらか重く感じるバッグを床に置いて振り絞るように、ただいま、と言えば、リビングから祐奈が飛び出してくる。いつもなら部屋でダラダラしている時間なのに待っていてくれたのだろうか。
もしそうなら嬉しくてお兄ちゃんちょっと泣いちゃう。
帰ってきた安心感からか、いつものように莫迦なことを言う気もわかないほどの疲れが身体を襲う。
「芽衣さんとの進展はあった? なにしたの?」
「母さんが芽衣と祐奈に会いに来るって言ってたし、その時にするわ」
「相変わらずお兄ちゃんはついでなんだ」
「まあな。とりあえず疲れたから寝る」
「あー、うん。おやすみー」
*
修学旅行が終わって早三日。
襲い来る寒波が布団の魔力にバフをかけるせいで昼前まで寝て、それから家事を片付ける休日も終わった。そして今日は母さんの襲来予定日である。修学旅行の疲れが抜けきっていない教師たちの緩めの授業もなぜだかあっという間に終わっていた。
「壮太、お義母さんもうすぐ着くって。早く行こ」
帰りのHRが終わり、各々がだらだらと放課後の予定にシフトしていく中、駆け寄ってきた芽衣がそう言うと、クラスはざわめきに包まれる。
誰だよ、ついに親御さんに挨拶か、とか言った篠崎は。いや、間違ってないけど、違うじゃん。分かってて言うなよ。あと芽衣さん、母さんの呼び方。母さんにそう呼んでとでも言われたの? そして母さん、俺のとこには連絡してこないのは何でだ。
脳内での怒涛のツッコミをしながら、おう、分かったと返事をすれば芽衣は俺の腕を強引にとった。そのままご機嫌な芽衣に腕を引かれる形で教室を後にする。
*
「おっ、芽衣さんにおにーちゃん」
集合場所の駅前につくと、中学の制服に身を包んだ祐奈がこちらを見つけて、ぶんぶんと手を振ってくる。
恥ずかしいからあんまり大きな声出さないでね。って、前もこんなこと思った気がするな。
「祐奈ちゃん、イェーイ」
隣を歩いてたはずの芽衣がいつの間にやら祐奈とハイタッチにハグで盛り上がってる。
「君らほんとに仲良いね、とでも思ってるんでしょ」
思っていたことを耳元でささやかれ、びっくりしながら振り返れば、背後に母さんが立っていた。
「びっくりさせないでくれ」
「あんたも混じってくればいいじゃない」
「そういうキャラじゃないのは知ってるだろ」
「芽衣ちゃんに引っ張られて、キャラが変わる可能性だってあるじゃない。だいぶ丸くなったみたいだし」
「さようですか」
俺がそう返すと、母さんは芽衣と祐奈の方へと混じりに行く。
「祐奈に芽衣ちゃん、イェーイ」
頼むから年甲斐もなく、しかも公衆の面前ではしゃぐのをやめてくれ。そう思っていたのだが、祐奈は全く気にして無いようで、お母さん、と言いながら抱き着いてる。
「あんま肩ひじ張らない方がいいぞ。母さん相手に緊張しても徒労に終わるからな。何なら混じってくる方がいいまである」
突如始まった祐奈と母さんのじゃれあいに、混じっていいのかも分からず一歩引いた場所で困っている芽衣に声をかけた。
「いや、でもアレじゃん」
「まあ、分からなくはないけどな」
芽衣のお母さんとの距離感とか会う度めっちゃ困るもん。向こうが距離詰めてきたときとかマジでどうすればいいのか分からん。彼女の両親攻略ウィキ探しちゃうレベルまである。なんか婚前のあいさつみたいだな。って何考えてるんだよ。篠崎が余計なこと言ったせいだな、うん。そういうことにしておこう。
「あっ、壮太が芽衣ちゃんひとり占めしてる。ずるいー」
「何がずるいだよ。ってか、とりあえず場所移動しようぜ。話はそっちで落ち着いてだな」
「まあそうね。じゃあ行きましょ。お茶が美味しいところ予約してるんだから」
ようやく移動する気になった母さんと祐奈の三歩後ろを芽衣とついていく。
「ありがとね」
「いや、まあ、母さんに付き合ってもらってるわけだしな」
小声の感謝に、視線をずらしてそう返す。
「あっ、またイチャイチャしてる」
「えー、そうなの? まあ、あとでたっぷりしっかり聞かせてもらうわ」
前を行く二人はそんなことを言ってこちらにチャチャを入れてくる。
マジで大丈夫かコレ……。
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