第5話

 夏休み明け試験が終わり、何度目かの放課後。教室内はもちろん、学校全体が文化祭を迎えるための空気で満たされている。


「壮太、そろそろ始めるって」


 文化祭前独特の空気を感じながら一息ついてると、教室の端にいる芽衣に呼ばれた。手招きする芽衣の方へと行き、用意された椅子に腰かける。


「揃ったね、じゃあ始めよっか」


 教室の端で何度目かの各分担の代表者同士の話し合いが始まった。委員長がクラスの出し物をメインとなって仕切っているのもあって、話し合いは順調に進んでいく。

 去年の文実に委員長がいれば、俺はもう少し楽にできただろうに、とその手腕を見ながら思いつつ、男子の接客組は、とりあえずサイズが合うメイド服を確保できたことを報告する。このメイド服は、演劇部から調達したものだ。

 去年、女装メイド喫茶をやったクラスが処理に困り、演劇部に押し付けたものらしい。生地がしっかりしているので、処分するのはもったいないが、20人分の男用メイド服は使わないし、置き場にも困るから是非持って行ってくれ、と言われたのはついさっきの事だ。


「執事服は調達できそうにないかも」

「じゃあ、裏方で作る方向にしよう。後で採寸しないとだね」

「厨房組は、とりあえずメニュー考えてきたよ」


 そう言って紙を差し出すのは、厨房班の代表になった芽衣だ。


「多分保健所の許可の範囲に収まってるね。これならあとは確認取るだけで大丈夫だと思う。とりあえず先生に確認取っとくね」


 委員長がそう言うと、委員長の横に控えていた生徒が紙を受け取り職員室へと向かう。

 なんというか、訓練されすぎだろ。秘書かよ。俺の下にいるやつらメイド服着てはしゃいでるだけだぞ。まあ、当日以外はそんなにすることないからいいけどさ。


「じゃあ、とりあえず解散ってことで各自の役割に戻って。女子の接客は今から採寸始めるから女子更衣室ね」


 委員長がそう言うと、クラスの半分近い女子がぞろぞろと教室を出ていく。なんというか、すごい統率が取れてるな。これが委員長の持つカリスマか。俺がメイド服入りの衣装ケースを引いて教室に戻ってきた時との差に、思わず笑ってしまう。

 話し合いは終わったので、莫迦騒ぎしている男子たちの元に戻る。


「どんな感じだ?」

「まあ、今のところは驚くほど順調だな」


 メイド服に身を包んだ篠崎が話しかけてくる。ノリノリなのは良いのだが、顔は全く弄られてないので、随分と面白い恰好になっている。当日は一応化粧がされるそうだが、化粧でどうにかなるレベルじゃないと思うのは俺だけだろうか? いや、そもそもネタ枠だから、この面白い恰好が正解なのか?


「そうか。そりゃよかった。でだ、似合うか?」


 ポーズをとってきたので篠崎から携帯を借りて、その姿を写真に収めてやる。


「これがお前の姿だよ。似合うかは自分で考えるといい」

「ひでぇな。ほかのやつらの見て想像してたが、想像以上だ」


 まあ、大晦日に放送される笑っちゃいけないテレビ番組で、笑わせるための刺客として出てきても違和感ないような格好だし、その感想になるよな。


「それよりなんで雨音は制服なんだよ」

「サイズの確認した後、すぐに着替えたからな。あの格好で話し合いするのはごめんだ」

「それはそれで面白いと思うがな」


 嫌だよ。なんで真面目な雰囲気の中、一人メイド服着て参加しなきゃいけないんだよ。っていうか、芽衣に見られたくないし。


「篠崎、この写真を若宮さんにみられるところを想像してみろ」

「あー、うん。そうだな」


 分かってもらえたようで、顔をわずかに歪める。


「採寸はまだかかりそうだけど、そうじゃない人は解散でもいいって。それぞれの代表に従って」


 委員長の秘書的な働きを見せている女子が、教壇に立ってそういうと、俺の方にメイド服を身にまとった男子の視線が注がれる。なんというか、胸焼けしそうな光景だ。


「そういうことらしいから、男子の接客、メイドは解散な。制服に着替えて帰れよ」


 メイドたちは俺の言葉を聞き頷くと、一目散に男子更衣室へと走っていった。廊下で生徒に遭遇したらトラウマを植え付けることになりそうだな。メイド服を着て走ってくる男子の群れとか、夢に出てきて追われるまである。この世で1,2を争うとまではいかないが、相当な悪夢になることは間違いないだろう。

 犠牲者が出ないことを祈りつつ、荷物をまとめると、芽衣も同じように解散と言っているのが目に入る。


「芽衣、一緒に帰ろうぜ」


 まとめ終わった荷物を持って、芽衣を誘う。


「うん、一緒に帰ろ」


 廊下に出ると、まだ本格的な準備期間に入っていないのもあって、俺らのように他のクラスも帰り始めていた。


「今年は楽でいいね」

「いや、当日は多分忙しいぞ。男子の女装メイド服は微妙かもしれんが、男装執事の方は人気になるだろうから、ずっと作りっぱなしじゃないか?」

「やっぱりそうかな」

「まあ、それはさておき、当日は一緒に回らないか?」


 下駄箱に上履きを放り込む音で深呼吸の音を隠し、俺はそう口にする。


「いいよ。シフト調整して回れるようにするね!」


 その返事に、ふう、と安堵してから帰り道を歩き始めた。

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