第4話

 ウトウトしかけるたびに、腿をつねって目を覚ますこと20分。さすがに足が全体的に限界を感じてきたところで、芽衣がパッと目を覚ました。


「おはよ、調子はどう?」

「だいぶ眠気は取れたけど、どんくらい寝てた? っていうか、私の頭重かったよね? 平気?」

「平気だから気にするな。今は5限始まって半分ってとこだ」


 芽衣が頭をどけたことで、急速に足のしびれが襲ってきたが、とりあえず平気なフリをする。


「ごめん、壮太の足を枕にしてたから」

「いや、昼休み終わるタイミングで起こさなかったの俺だし、俺が悪いから気にするな」

「う、うん」


 そう言うと、芽衣は手鏡で髪が崩れてないか確認し始めたので、その間に俺は歩けるかなぁ、と軽く足を動かしてみる。足がしびれてる時の独特の感じは残っているが、まあ、歩けそうだ。


「髪、大丈夫か?」

「うん」

「じゃあ戻るか」

「そうだね」


 一緒に怒られちゃうね、宮野先生に罰として変な仕事押し付けられないといいな、などと小声で話しながら、誰も歩いていない廊下を二人占めして教室を目指す。



「なんか授業中の教室に入るのってちょっとアレだよね」


 教室の扉の前についたところで、芽衣がそう言った。


「まあな。とはいえ、今回はそんな授業っぽくないから、そう構えなくてもいいだろ」


 教室の扉をガラリと開け、まるで今教室に入るのが当然であるかのように、堂々と一歩を踏み出す。


「じゃあ、メイド長はここにいないけど雨音ってことで」


 唐突に飛んできた言葉に、思わず足が止まり、背中に芽衣がぶつかってくる。


「すまん」

「大丈夫だよ。それよりなんかすごい言葉聞こえたね」


 ああ、と振り向いて答えると、俺の前にカツカツと音を鳴らして誰かがやって来た。いや、カツカツと音のなるような靴を履いている人の心当たりなんて、一人しかいないんだけども。


「二人とも、ずいぶんと仲が良さげだな。揃って遅刻してくるとは」

「ははは」


 教室内の視線は一瞬こちらに集中する。そして、半分は目に輝きを持たせて視線を動かさず、もう半分は正面に戻した。そして口を開きこう言うのだ、雨音はメイド長、これは確定にしよう、と。


「で、言い訳はあるか?」

「いや、先生ちょっと待ってください。今、先生の後ろで俺が大変なことになろうとしてるので」

「知るか。参加しなかった奴に発言権があると思うな」


 確かにその通りなので、それを言われると痛い。


「これが最後だ、言い訳はあるか?」

「シエスタってやつですよ。これからの議題に真剣に取り組もうと思った俺は、注意力や集中力が下がるこの時間帯に一度仮眠をとることで、集中力、注意力を回復させようとしたんですよ」

「相変わらず口だけはよく回るな」

「シエスタの効果ってやつですよ」

「そういうのは昼休みの間に済ませとけ。罰は、まあ、後ろで言われてたのでいいだろう」


 メイド長とかいう意味の分からんやつか。っていうか、結局何なんだよ。


「廣瀬も同じか? まあ、初犯だし今回は大目に見てやるが二度とやるなよ。次遅刻してくるようなことがあれば、私の独断で適当な面倒ごとを振るからな」


 おかしいな、俺は初犯からいきなり面倒ごとに放り込まれた記憶があるんだけど。いや、まあ、今更抗議したところで、面倒ごとに首突っ込まされるだけな気がするからしないけど。

 それより目下の問題は、俺への罰だ。その答えを探すべく黒板に目をやると、クラスの出し物と書かれたところに、女装メイドと男装執事喫茶、と書かれている。たった12文字だというのに、脳で情報が渋滞を起こしそうだ。

 なんだこれ、思ったものがそのまま声に出た。


「男子が女装してメイドになって、男子の接客を中心に、女子が男装して執事になって、女子の接客を中心にするの。安心して、可愛くしてあげるから」


 教壇に立つ女子からそう言われ、俺は唖然と得ざるを得ない。

 芽衣は、早々に話に付いていけなくなり、黙っている。


「とりあえず分かったけど、なんでそんなことに?」

「いや、最初は普通のメイド執事喫茶にしようと思ったんだよ。でも、それだとありきたりだし、男心は男子の方が、女心は女子の方が分かる。なら、それぞれお客さんの求めることが出来るんじゃないかなっていう」


 なるほど、と口では言っておくが、全然納得できない。いや、確かに男心は男子の方が分かるよ。でも、男子が求めてるのは女子がメイド服を着て、もてなしてくれることであって、女装してメイド服着た男子にもてなされても、虚しさしか感じないんだよ。


「よく男子が納得したな」


 せめてもの抵抗としてそう聞いてみる。


「最初は反応微妙だったんだけど、普通にやったら篠崎がお客さんの視線全部持ってって、俺たちが接客する度に溜息つかれるんじゃ、って話が上がったの。そしたら、みんな手のひらを返すように賛成してくれたよ」


 このクラスの男子は、自分を犠牲にしてでも人の足を引っ張りたいやつしかいないのかよ。思わず頭が痛くなる。けど、まあ、考えようによっては、トラブル対策になるのか。男子の相手は基本男子がするのだから、莫迦なことをしようとするやつもそうそう湧かないだろう。いや、女装が完璧だったらあるかもしれんが。


「で、雨音君は推薦と先生からの罰によって、そんな女装メイド達の取り纏め役、メイド長になったのでした」


 教室から盛大な拍手が俺に向けられた。もう色々と辛い。

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