第3話

 始業式が終わり、夏休みの間ほとんど掃除されなかった教室の掃除も終わった。まだチャイムこそ鳴っていないので教室の外には出られないが、ほとんど昼休みのような時間がやってきた。


「なんで初日から丸一日学校にいなきゃいけないんだ」

「授業ないんだからいいだろ。それとも明日の休み明け試験が心配か?」

「休み明け試験?」


 寝耳に水、というのがよく似合う顔をして聞き返してくる篠崎。


「マジで言ってるのか? 悪いが今日は面倒見れないぞ」

「課題はしっかりやったしいけるだろ」


 課題が全部終わったぜ! なんて連絡を寄こしてからもう2週間が経とうとしているのにすごい自信だな。


「まあ、今回は再試出来ないだろうから課題だけになるだろうし、強く生きてくれ」

「俺が全部赤点取る前提で話すのやめてくれ。日本史と古典は課題を貰うことになるだろうが、他は自信がある」


 それでも2科目は赤点前提なのかよ。必修の古典はともかく、なんで日本史取ったのか教えてくれ。


「ねえ、雨音君」


 篠崎といつものように話していると、クラスの女子に話しかけられた。


「えーっと、何ですかね」


 気づくと俺は、クラスの女子に囲まれていた。篠崎は俺が声をかけられた瞬間、俺を差し出すようにいなくなっていた。


「すごい印象変わったけど、その髪はどうしたの?」

「いや、ちゃんとしようと思っただけだ」

「それってやっぱり廣瀬さんのため?」


 前のめりに質問してくる女子に、少し気圧されながら、おう、まあ、と答えるとキャー、と黄色い声が上がる。


「どっちが告白したの?」

「いつから付き合いだしたの?」

「二人の馴れ初めは?」


 俺が質問に答えると分かったからなのか、次々に質問を浴びる。

 どうしたものかと悩んでいると、お昼休みを告げるチャイムが鳴る。いつだったかも、俺を助けてくれたし、俺を助けてくれる優しい友人はチャイムなのかもしれない。いや、なんかもう、友達いなさ過ぎて、残念なこと言い出したやつっぽいな。訂正しよう、チャイムは友人じゃない。そもそも、人じゃないから、せめて友だろ。

 そんな莫迦の事を考えながら口を開く。


「飯の約束があるから、とりあえず今回は」


 そう言うと、えー、という声とともに解放してもらえた。教室を出ていく際に、きっと廣瀬さんと食べる約束があるのよ、食べさせあったりするのかな、などといった声が聞こえたような気がしたが、とりあえず聞かなかったことにする。

 階段を降り、まだ混みだしていない自販機で冷たいお茶を2本買って、中庭を目指す。



 中庭に着き、芽衣を探すこと数秒、端っこの木陰にこっそりとあるベンチに座っていた。隣に座りお茶渡すと、大きめの弁当箱が返ってくる。


「いただきます」

「どうぞ。壮太と比べたら下手だけど」


 手を合わせてから、弁当箱のふたを開けると、美味しそうなおかずの数々と白いご飯がたっぷり入っている。

 いつかのように、まずは卵焼きをいただく。


「美味しいよ」

「そうかな? 良かった! 他も沢山あるからどんどん食べてね」


 言われるがままに、他のおかずに手を伸ばし、食べ進めていく。


「そういえば、昨日遅かったけど大丈夫だった?」

「え? ああ、うん。芽衣こそ大丈夫か? これだけのお弁当作るの大変だったろ」

「まあ、ちょっと寝不足気味かも」


 そう言いながら、あくびをかみ殺している芽衣。


「食べ終わったら、少し休めば? 保健室行ってちょっと体調がっていうと高確率でベッド貸してもらえるぞ」


 ソースは俺。うちの学校の保健室、なぜか利用者がめちゃくちゃ少ないうえに、ベッドは常に空いている。去年はしょっちゅう、とまではいかないが、たまにお世話になってた。


「いや、大丈夫だって」


 そうは言うが、化粧で隠れてるとはいえ、薄っすらと隈が見えるし、少しくらいは休んだ方がよさそうに思える。


「ごちそうさま、美味しかった」

「そっか、良かった」

「そういえば、午後って何するんだっけ?」

「文化祭の出し物決めるとか言ってたよ。莉沙たちとやりたいもの少し話したし」

「そっか」


 そう答える芽衣は、さらに眠そうだ。昼飯を食べ終わって、眠気が追撃を始めたからだろう。かくいう俺もそれなりの眠気に襲われている。まあ、ソファーで3時間しか寝てないことと、満腹感を考えれば妥当なんだが。


「ここでいいから、少し休んどけ。起こしてやるから」


 まあ、嘘だけど。あと十分も無い昼休みが終わったところで、待っているのは文化祭の出し物決め。やりたいことはあーしさんと話してるって言ってたし、多少遅れたところで、問題はないだろ。せいぜい、俺が後で宮野先生の使いっ走りになるだけだ。結構な問題の気がしてきたが、とりあえず、それには目を瞑っておこう。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「そうしとけ」


 ふわっと甘い香りが鼻を突いたかと思えば、俺の膝に頭が載せられる。

 確かに膝叩いたけど、そういう意味じゃないよ。っていうか、寝心地悪くない?


「なあ」


 そう聞こうと思い声をかけたが、返事の代わりにスヤスヤと寝息が聞こえ始めた。少しのぞき込むと、安心しきった顔で眠っている。

 そんなにすぐ寝れるほど疲れてるのかよ。いや、まあ、朝起きて弁当作ったんだろうから、それなりに早く起きてるだろうし、昨日は帰ったのが遅かったから、寝不足にはなるか。まあ、存分に休んでくれ、と思いそっと頭をなでてあげた。

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