第9話

 暇つぶしがてら、俺が入ったのは駅前の大型書店だ。新刊も気になるところだが、今回の目的は別にある。フロア案内を確認すると児童書のコーナーへと足を進める。

 今の小学生の間では何が流行っているのだろうか?

 本を一冊、手にとってはあらすじを読みパラパラとめくってを繰り返す。

 何冊か本を見ていると足に何かが当たった感覚がした。下を見てみると、小学校にもまだ行ってなさそうな小さな女の子がいた。前を見ていなかったのか、俺の足に当たってしまったらしい。

 俺の視線に気づいた女の子がこちらを見て、目をウルウルとさせだした。

 マズい、この子泣きそう。そんなに俺、怖いのか……。

 などとショックを受けている場合ではない。本を積棚に戻して片膝をつく。目線の高さを女の子の目線の高さに合わせて、大丈夫? と声をかけてみる。

 女の子が小さく頷くのに合わせて、


「お姉ちゃん、朱莉あかりいたよ」


 との声が。次いで


「すみません。こら、朱莉。勝手にいなくなっちゃダメでしょ!」

「大丈夫ですよ。怖がらせてごめんね」


 立ち上がり、女の子を叱りつけた声の主を見て驚いた。まあ、俺以上に本人が驚いていたのだが。


「なっ、えっ? えっ?」


 小さな子供向けの手提げ袋を右手に、小さめのカバンは右肩に、左手には先ほど叱っていた女の子。保育園かどっかに娘を迎えに行った帰りの子連れのお母さんだと言われたら納得いくレベル。ただ一点、服装が着崩されたうちの高校の制服だという点を除けば。

 何やってんだ廣瀬は?


「お姉ちゃんの知り合い?」


 先ほど廣瀬を呼んでいた、中学生くらいのツインテールな少女がそう聞いている。まあ、多分廣瀬の妹だろう。廣瀬とベクトルこそ違うはモテそうだ。


「まあ、そうだね」


 少しテンパっている廣瀬の代わりに俺が質問に答える。


「なんでここにいるの、雨音? ……いや、マジでなんで?」


 ようやく落ち着いたのか、廣瀬が声をかけてくる。二回目のなんで、は辺りを見渡してから真顔で聞かれた。

 まあ、確かに書店にいることはあっても、児童書コーナーに高校生は普通来ないよな。


「小学校低学年の従兄妹がいるんだけど、誕生日がゴールデンウィーク中なんだよ。しかも、近いうちに遊びに来るみたいだからプレゼントを見に来たってところだ」

「従兄妹の誕生日ねぇ。でも、なんで本屋?」

「あんまり高い物を与えるのもあれだし、本ならいいと思ったんだよ。小学生の間で何が流行ってるか分らんし、無駄足だったなって思ってたところだ」


 今の小学生は何読むの? 俺が小学生の時は真面目に不真面目な狐の話とか結構流行ってた気がする。少なくとも俺はめっちゃ読んでた。


「結構いいかもね。でもそんなに小学生本読むかなぁ?」


 そう言うと、俺の制服を引っ張ろうとしている朱莉ちゃんの手を抑えて、こーら。

 制服着てなかったら完全におかんだよ。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん。たっくんに聞いてみるのはどうかな」

「あー、いいかもね。私の弟が雨音の従兄妹と歳近いだろうから聞いてみる?」


 廣瀬家は何人姉弟なんだ? 廣瀬、妹さん、弟、朱莉ちゃんで4人? もっといるの? そろそろよく分かんなくなりそうだ。


「あ、姉ちゃん達いた。探したんだけど」


 ちょっと生意気そうな男の子が今度はやってきた。


「ねぇ、小学生って何読んでるの?」

「あんまり本読まないから分かんないや。鬼ごっことかのほうが楽しいし」


 廣瀬の質問に、何の参考にもならない答えを返してきた。あはは、と苦笑いする廣瀬。本は駄目なのか……。いいと思ったんだけどなぁ。


「それよりこの人誰?」

「お姉ちゃんの知り合いだって」


 ふーん、と返事をする弟くん。あんまり俺に興味は無いみたいだ。


「おなかすいた。おなかすいたー」


 朱莉ちゃんが、駄々をこね始めた。腕時計に目をやれば6時を回っている。まあ、お腹がすき始めても不思議な時間ではない。


「もういい時間だな。俺も夕飯何処で食うか決めないとだし、失礼しようかな」

「あ、あのさ。よかったらご飯一緒に食べない? まあ、ファミレスなんだけど」


 まさかの一言に驚いたが、それは俺だけじゃないようだ。ツインテの妹さんも随分と驚いた顔をしている。


「にーちゃん一緒にご飯食べるのか」


 弟君は期待に満ちた目を向けてくる。さっきまで興味なさげだったのに、すごい変わりようだ。多分女ばかりで肩身が狭いんだろう。


「あ、祐奈ちゃんと食べる感じ? なら気にしないで」

「いや、祐奈は友達のところに泊まりにいったし、平気なんだけど」


 じゃあ決まり! と言った廣瀬はツインテの妹さんからの視線には気づかずに、朱莉ちゃんの手を取って歩き出していた。微妙な顔の妹さんとご機嫌な弟くんと間の抜けた顔をした俺が残される。


「にーちゃんは何食うんだ? 俺ハンバーグ食いたい」

「何があるのか見てから考えようかな。ほら付いて行かないとはぐれるぞ」


 歩きながら、それでなー、と語り始める弟くん。

 もしかして弟君の相手してくれってことなんじゃない? まあ確かに4歳と小学生の相手を同時には出来んよな。

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