第30話
「おはようさん」
「おう、おはよう」
芽衣の誕生日会から一夜明け、昨日の疲れが抜けきっていない俺に声をかけてきたのは篠崎。
「随分とお疲れだな」
「昨日みたいなこと、あんまりやらなかったから疲れてるんだよ」
「そんなお前には悪い知らせだ。今日の体育はプール掃除だと」
「マジで?」
慣れないことをしたせいで、体力の戻り切っていないこの体が、炎天下の中でのプール掃除という肉体労働に耐えられるだろうか。
「女性陣はそれを聞いて、コンビニに行ってる。目当てのものは日焼け止めだと」
なるほど、階段を上ってここに来る途中、クラスの女子たちとすれ違ったのはそういう理由か。学校裏のコンビニに、そんなに多くの日焼け止めがあるとは思わないが。
「体育は授業変更もあって3限と4限の2時間だし、多少寝とけば?」
一番暑さがしんどい時間じゃないか、と脳内でツッコんでから、そうするわ、と言って机に突っ伏す。
机で突っ伏して取った仮眠に効果があったかは分からないが、時間は残酷にも過ぎていくもので体育の時間となった。
「暑い、暑いよ。それと暑い」
「このホースで水浴びするか?」
ホースを振り回す篠崎。誰だこいつにホース持たせたの。しかもまだ使わんし。
「確かに今日は暑いけど、絶好のプール掃除日和じゃん」
「そう考えることも出来るか」
やってきたのは、若宮さんと芽衣、それからあーしさんたち。あーしさんを呼ばれると、サボりづらくなるからやめてほしい。まあ、今日に限って言えば、体育教師が一人でプール掃除を見るのは無理があるってことで、助っ人として宮野先生もいるからサボれないんだけど。
世界が俺を働かせようとしている。辛い。
篠崎の装備がホースからブラシになっているところを見ると、今回は篠崎もこちら側のようだ。まあ、運動部だし体力あるから適任だろ。
「雨音君、芽衣ちゃんのポニーテールについて感想を」
観念して掃除を始めるかと腹をくくったところで、若宮さんが芽衣を連れてやってきた。
「えっと、どうかな」
長い金髪が少し高い位置で一つに結ばれ、少し動くたびにうなじかチラチラと見え隠れする。うなじフェチの俺にとっては正直たまりません。
「よく似合ってると思う。いい感じだ」
「雨音はうなじフェチだから正直たまらんだろ」
余計なことを言い出した篠崎の頭に、デッキブラシの柄で一撃入れておく。
「おい、そこの篠崎と雨音のとこ。ちゃっちゃと掃除しろ」
物理的にも立場的にも上にいる宮野先生から仕事の催促がされる。肉体的にも、精神的にも、社会的にも、痛い目は見たくないので大人しく従っておく。
ある程度掃除していくと、プールの端にゴミと、この場を住処にしていた生き物たちが出てくる。
「こいつらどうする?」
「あーしたち虫とか苦手だしパス。篠崎と雨音でやっといて」
ヤゴはともかく、カエルは虫ってカテゴリじゃないだろ。まあ、こういう生き物の相手は俺らだろう、と思ってたしいいけど。
「雨音、軍曹たちどうする?」
準備室においてあった水槽にカエルを集めた篠崎が、それをこちらに見せて聞いてくる。
結構いたんだな。水槽が小さいというのもあるが、満員電車を彷彿とさせる。あと、カエルのこと、軍曹っていうのやめようぜ。なんとなく、分らんでもないけど。
「とりあえず、プールの裏の茂みにでも逃がしてやれば?」
「あいあいさー」
カエルを持って篠崎が行ってしまったので、俺一人が残される。
ヤゴたちどうしようかな、と思っていたところに、生物研究会の部員だというクラスメイトが来て、持って行ってくれたのは、ありがたかった。
文化祭の発表の為にプール掃除で見つかった生き物を集めているらしい。女子たちはドン引いていたけど、俺は応援してるぞ。頑張れ、名前知らんけど、生物研究会の人!
「なあ、たわしでカーリングでもやろうぜ、ほとんど綺麗になったし汚れを洗い流すってのも含めて」
いったいどこで見てきたんだろうか、と思いあたりを見回すと入り口付近のグループがやっていた。ホースで水を流しているところに、たわしを投げて、たわしの前をブラシで必死に磨く。果たしてそれでたわしがよく滑るようになるのかは分からないが楽しそうだ。
芽衣と若宮さんも一緒にやってみることになったが、結果から言うと微妙だった。ブラシで磨く側がしんどい。そして思いのほか滑らない。
「ダメだろ、これ」
「じゃあホッケーにするか」
じゃあってなんだよ、まだやるのか。まあ、ホッケーの方が分かりやすく、楽しそうではあるか。
「まさかこのよく分からん線が役立つ日が来るとはな」
プールの底に描かれた線で範囲を決めて遊ぶ気満々らしい。あーしさんたちもそのブラシどこから持ってきたんだよ。
「行くぞー」
おー! と篠崎に返事する一同。この暑いのにみんな元気ね。まあ、こうなったら俺も遊ぶけど。
しばらく遊んでいると、ゴッ、と鈍い音と共にたわしが篠崎によって弾かれる。まあ、これくらいの音なら、少し強めに弾くとよく出るから問題なかったのだが、飛んで行ったたわしは、水の入ったバケツをひっくり返した。
さらに、運の悪いことにそのバケツの先にいたのは宮野先生で、思いっきり水をかぶっている。大丈夫? 化粧落ちてない? あとシャツが大変なことに。
運動部なんだし篠崎はコントロールをちゃんとしてほしい。
「私とて、多少の遊びは許すつもりだった。けど、これはないだろ」
随分とご立腹のようだ。先生、その下着はちょっとアレだと思います、などと思いながら残りの時間は、ひたすら叱られた。肉体的ダメージこそなかったものの、昼休みは反省文を書かされるらしい。辛い。
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