第20話

 ナルシストのようだから、あまりこういうことはしたくないのだが、姿を確認するために駅前のコンビニのガラス張りの前に立つ。一面の窓に薄っすらと映る姿は、家を出る前に鏡で見てきたときのものとほとんど変わっていない。可笑しいところはないはずだ。

 いつもの集合場所である駅前に着いてからというもの、やたらと視線を感じていたが、何かが可笑しいというわけではないらしい。いつもと違うところといえば、目と映る景色の間に一枚挟まった度が入っていないレンズぐらいなのだが、それは芽衣が選んだものだから間違いないだろう。

 じゃあ、さっきからやたらと感じている視線の理由は何なんだ。

 コンビニには背を向けて考え込んでいると、バス停の方から芽衣の姿が見えてきた。


「おまたせー」

「いや、そこまで待ってないから」


 すっかり定型のものとなったデート前のやり取りをしながら、駅の方へと足を運ぶ。


「今日はメガネかけて来てくれたんだね」

「ああ。回る場所が知的なイメージだって言ってたから、芽衣の言うイメージに合わせてみようかと思って。変じゃないか?」

「うん。すごい似合ってる」

「ならいいんだ。芽衣を待ってる間、やたら視線向けられてたから、なんか変なのかって心配だったんだ」


 改札を抜けた芽衣はふーんと言いながら一歩分こちらに寄って、そのまま指を絡ませてくる。


「芽衣さん? いや、いいんだけどね」

「……その視線、壮太がカッコいいからだから」

「え?」


 ホームから聞こえるアナウンスと、喧騒によって軽くかき消されてしまったが、確かに耳に届いた言葉は、考えていたことと真逆の事だった。


 困惑する俺の手を引くようにホームへと降り立った芽衣は、カバンに手を突っ込んだ。小さなカバンから出てきたのはメガネケース。その中から俺がかけているものの色違いが姿を現した。

 そしてそれをかけて、どう? 似合うと言わんばかりに、くいくいと動かして見せる。


「似合ってると思うけど、どうしたのそれ?」

「この間壮太にあげたやつの色違い見かけたから、買っちゃったの。私もお揃いをあげたかったし」


 なるほど、なんて簡単に返事をしてみたが、今の俺はさぞだらしない表情になっているだろう。お揃いをあげたかったなんて攻撃力の高すぎる言葉に、レンズ一枚でこれほど変わるのかといいたくなる程に、いつもとは違った雰囲気の可愛らしさ。

 芽衣が俺の眼鏡姿に目を輝かせていた時には、何でそんな反応になるのか分からなかったが、今はそうなるのも分からなくない。


 * * *


 良く分からない方向にテンションが上がったまま電車に揺られること1時間ほど。今日の最初の目的地であるプラネタリウムにやって来た。

 電車内で買っておいたチケットをディスプレイに表示した携帯を見せて、上映するドームへと足を運ぶ。


「でっかいな」


 俺たちの席の場所へと行けば、そこには二人で横になれるくらい大きい、もはやベッドといった方がしっくりくるようなソファがあった。

 思わずその大きさに声をこぼしてしまったが、芽衣もそれは同じだったみたいで、うん、すごいと言いながらそれに体を預けている。


「すごいふかふかだよ。壮太もほら」


 叩かれた場所に腰を下ろしてそのまま倒れこめば、体はそのまま沈んでいく。


「あー、駄目になる」

「何その感想。でも、確かに駄目になりそう」


 そういいながら芽衣が体を寄せてきたので、右腕を芽衣の頭の方へと持っていけば、それは枕がわりされる。いわゆる腕枕をしたことで、ぴったりと芽衣が隣に収まる。

 それが合図だったかのように、照明が落ちて夜のとばりが下りたような暗さに包まれる。ゆったりとした音楽と共に、案内のアナウンスが始まる。星空の旅は40分ほどらしく、有名どころの星座と共に、それにまつわる伝承を語ってもらえるとのこと。

 ドームに映し出される星空。満天の星空は、作り物だと分かっていても思わず息をのむような美しさがある。


「綺麗」


 耳元であふれ出てきたかのように呟かれる言葉。そうだなぁと溢しながら解説に耳を傾ける。夏や冬の星空は学校の授業でも扱うし、有名な曲になっていたりもするからある程度は知っているが、春は星空を見上げることもしないせいで、初めて知るようなことも多い。

 ドームに映る星空と解説に目と耳を持っていかれたかのように、その世界に飲み込まれていると、そこから現実へと引き戻すような熱視線をすぐそこから感じた。


「どうした?」

「いや、壮太の真剣そうな顔こんな近くで見れることないから。邪魔しちゃった?」


 耳元で囁かれる言葉にそんなことはないが、と平静を装って軽く答える。関係はどんどんと深いものになっているが、レンズ越しの上目遣いも、鼻をつく甘い香りも、その柔らかさも、俺の心拍数を上げることをやめようとはしない。

 手放さないように、一度だけ強く抱きしめてからまた天を仰げば、映される星空は夏のものへと変わっていた。

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