第5話

 肌を切るような冷たい北風が吹き付けてくる。今日と明日のために飾り付けられた街はいつもよりにぎやかで活気に満ちているが、それが寒さを軽減してくれるわけではない。肩を竦めて吐き出したい気は白く、夕方から雪が降るかもしれないと言っていた天気予報を思い出させる。

 気を紛らわそうと、視線をぐるりと回せば、周りには同じような目的であろう人の姿もチラホラと見える。しかし、彼らはすぐに待ち人に見つけられ、街の中に消えていく。

 張り切って早く来過ぎた、と今更ながらに後悔をしていると、頬に温かいなにかが当たった。そのなにかの正体を知るために振り向けば缶コーヒーを片手に微笑む芽衣の姿があった。


「お待たせ、壮太」

「俺もさっき来たところだ」

「その割にはだいぶ手が冷たいじゃん。風邪を引かれたら、嫌だからね」

「悪い、気をつける」


 ほら、これ飲んで温まってと差し出された缶コーヒーを受け取ってプルタブを起こす。そのまま一口飲めば、体が内から温まっていくのを感じる。


「まあ、私が待たないで良いように早く来てくれるのは嬉しかったけど」


 髪をいじりながら少し上目遣いでそう言われ、顔が赤くなるのを自覚しながら、それを誤魔化すように一気にコーヒーを流し込む。


「言い忘れてたけど、壮太のロングコート似合ってるよ。大人っぽくてかっこいい」

「そりゃどうも。芽衣もそのコートとワンピース似合ってる。けど、一個だけ聞いていい?」

「えっ、なんか変だった?」

「いや、全然変じゃないし、綺麗だと思うよ。けど、足寒くないの?」


 芽衣のブラウンのワンピースは腰より少し上のあたりで黒いベルトがされており、いくらか大人っぽさを感じさせる。そこに羽織られた少し大きめのピーコートは暖かそうだ。だが、そこから覗く脚は膝のあたりから覆われることなく、ブーツへと伸びている。オシャレのためには多少の寒さなんてと言うが、連日のように更新される最低気温を思えば少し心配になってくる。


「まあ、ちょっとは寒いけど、慣れてるから」


 芽衣がそう答えたので、手元の缶を空に足を進めつつ口を開く。


「慣れてるからって……。ああ、でも、芽衣は制服も狂った着かたしないもんな」

「狂った着かた?」

「あー、スカートの下にジャージ履いたりとか、そういうやつだよ」

「アレ、狂った着かたなんだ!?」


 大げさに驚いて見せる芽衣に、俺と篠崎はそう呼んでるし、男子は大体そう思ってるんじゃないかと答えてみせる。


「見た目はともかく温かいから偶にしたくなるけど、そう聞くとちょっと抵抗が……」

「いや、身体冷やされるよりかはよっぽどいいんだけど」


 俺がそう返せば、芽衣は一歩飛び出して壮太はすぐにそういうこと言うよねと言って、目の前のショッピングモールに入っていく。追うようにして俺も自動ドアをくぐれば、中は暖房の効いているようで外ととは比べ物にならない暖かい空気が迎え入れる。空気の入れ替わりが激しいドア付近から、より暖かい奥の方へと足を運べば、一足先に着いていた芽衣がおーと声を上げている。

 その視線の先には、吹き抜けになっている広場があり、その真ん中には四階分の高さにまでなった大きなクリスマスツリーが飾られている。


「すごいな」

「うん、すごいよね。夜になったらライトアップもされるみたいだよ」


 芽衣の横まで行って感想を溢せば、俺に気づいた芽衣も同じように感想を溢す。そして、携帯を少し弄ってこんな感じにと画面を見せてくる。


「マジかよ。外でも中でもイルミネーションとか電気代凄そうだな」

「すぐそういうこと言うんだから。でも、確かに凄いことになりそうだよね」

「まあ、電気代を払うのは俺らじゃないからいいんだけどな。まあ、せっかくだからライトアップされた時に見比べに来るか」

「いいじゃん。じゃあ、日が暮れちゃう前に色々見ていこっか」


 そうだなと返し、大きなツリーにしばしの別れを告げて、店舗の方へと足を進める。雑貨屋などはクリスマスを意識した品々が店先に並んでおり、いつもよりも彩り豊かでキラキラとしている。


「壮太、ちょっとこっち来て」

「なんかいいものでもあったの?」


 眺めていたスノードームを置いて芽衣の後ろをついていけば、そこには食器がこれでもかと並べられている。芽衣はその中から水色とピンクのマグカップをピックアップ。飲みやすく収納もしやすいシンプルな形で、柄は色違いのそれはいわゆるペアマグカップというやつだ。


「これいい感じだと思わない?」

「まあ、良いとは思うけど」

「壮太は水色かなぁって思ってるんだけど、他の色がいいとかある?」

「水色でいいけど、えっ、なに、買うの?」

「うん。この間マグカップを駄目にしちゃって新しいの探してるんだけど、ママがせっかくだから壮太君とお揃いのを買ってらっしゃい、いつまでもお客さん用っていうのもアレだからって」


 廣瀬家にお邪魔する機会がそこまで多いというわけでもないし、そこまでしてもらわなくても、と思ったことをそのままに聞いてみる。すると芽衣は、二つのマグカップを一旦置いて、まあ、そうだねと軽く頷いてから言葉を続ける。


「でもさ、壮太って唯織には参考書あげてるし、拓弥と朱莉にはおもちゃを持ってくるじゃん。だから、お礼がしたいんだって」

「どれも雨音家のおさがりなんだけど」

「おさがりでも喜んでるのは確かだし、廣瀬家うちからのプレゼントだと思って。それともお揃いは嫌?」


 下から覗き込むように上目遣いを向けられた俺に首を横に振るという選択肢はなくなり、まあ、そういうことならと頷くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る