第6話
マグカップの入った紙袋を片手に、書店を覗きおもちゃ屋を見て回れば、昼過ぎの集合だったとはいえ、日はあっという間に傾きだした。
「もうすぐ日の入りだって、早いね」
「まあ、冬だからな」
「この後はどうする? 私の行きたいところばっかりだったし、壮太の行きたいところがあればそこに付いて行くけど」
「いや、さっきからちょっとずつ見れてはいるし、特にないけど」
そんなことを話しながら足を進めていると、ひと際長い行列が視界に飛び込んできた。その列の先を追っていけばこの時期お馴染みのフライドチキン屋がある。
「うわぁ、すごい混んでるね」
「まあ、クリスマスといったらチキンって感じだし、しょうがないんじゃないか。俺はアレに並んでまで食べたいとは思えないけど」
「それは私も。でも、夕飯食べるなら今くらいの方がいいかもね、ちょっと早いけど」
「まあ、もう少ししたら一気に混みそうだもんな。何が食べたいとかある?」
「特にないけど……。あっ、あそこ行きたい。壮太と始めて出かけたときにお昼食べたとこ」
芽衣が言っているのは、付き合いだす前、というか、とんでもない勘違いをしていたゴールデンウィークに行った喫茶店のことだろう。まあ、あそこならやっているだろうし、小腹を満たすにはちょうどいいものも置いているだろう。
「オッケー、じゃあ行くか」
「うん」
近くにあった自動ドアをくぐって外に出れば、温度差から身震いしたくなるような寒さと冷たい北風。ずっと西の方の空には分厚い雪雲の姿も見える。天気予報の通りホワイトクリスマスを期待できそうだ。
「おお、寒くなってきたね」
「そうだな。さっきまでは暖房が効き過ぎてるくらいだったから、なおさらな」
「まあ、歩いてるうちに温まってくるよ」
「それもそうだな」
喫茶店のある住宅街の方へと歩いていけば、イルミネーションを飾り付けた家もいくらか見られる。その中の一つ、ひときわ輝いている家を見て芽衣が言葉を溢す。
「うわっ、凄い! 超綺麗じゃん」
「そうだな」
「これから見るやつと比べても遜色ないんじゃない?」
「さすがにそこまでではないだろ。いや、まあ、この辺では一番だと思うけど」
「だよね。他のところも綺麗だし、工夫されてるよね」
「まあ、少ない量でも結構すごい感じになってるところもあるもんな」
少し早めに始まった住宅街のイルミネーションを見ながら歩けば、あっという間に目的の喫茶店が見えてきた。ここも気持ちばかりと言わんばかりに少しの電飾で飾り付けがなされている。
それに少し目をやってから扉をくぐれば、ちょうどいいタイミングだったようで席は半分と少し埋まっていた。あと数十分もすれば、きっと満席になっているだろう。
「芽衣は何にする?」
「うーん、このクリスマス限定メニューが気になるんだよね」
「ローストチキンにシチューのパイ包み焼き、オニオングラタンスープか」
「そうそう。これ全部はちょっと多すぎるからどうしよっかなーって思って」
「じゃあ、これ一通りと、フォカッチャでも頼むか。あと飲み物」
俺が店員を呼び止めようとすると、芽衣は、え? と言いたげな視線と共に俺の腕を軽くつかむ。
「気になるんだろ。俺も写真見たら食べたくなってきたし分けよう。それならいい感じに全部食べれるでしょ」
「壮太がそれでいいならいいんだけど」
「じゃあ店員さん呼ぶぞ」
通りがかった店員に注文を告げ、店内を流れるピアノアレンジされたクリスマスソングに耳を傾ける。この時期になれば飽きるくらいに聞かされるそれも、アレンジされたことでこの場の落ち着いた雰囲気に合っている。
「ごめんね、私の――」
「謝るなよ。せっかくのデートなんだし、ちょっとはカッコいいとこ見せたいんだ。それに、美味そうだとも思ったから」
芽衣の言葉を遮るようにして口にしたものを言い切れば、芽衣の顔からは先ほどの申し訳なさそうな表情は抜けている。そして、笑顔でありがとうと共にこんなセリフを小声で溢した。
「壮太はいつもカッコいいじゃん」
難聴系主人公なら聞き逃していたのかもしれないが、芽衣のつぶやきはしっかりと俺の耳に届いてしまい、顔が一気に熱くなっていくのを感じる。
どうして芽衣はそういうことを平気で言っちゃうかな。いや、嬉しいんだよ。嬉しいんだけども、そういうのの不意打ちはずるくないですかね。
芽衣から視線を逸らし窓を見れば、鏡のように反射して見えた俺の顔は耳まで真っ赤になっていた。ついでに正面に座る芽衣の姿も反射しており、そちらも耳のあたりが少し赤くなっていた。
「そ、そうだ。ご飯食べた後はどんな感じで動く予定なの? 壮太が考えてくれるって言ってたけど」
「えっ、ああ、この後か。まあ、駅前を見て回ったら、ちょっと電車に乗って移動かな。行きたいところがあるから。高校生らしいかは微妙だけど、ちょっとは背伸びさせてくれ」
「任せたからどうこう言う気はないけど、お金とか大丈夫なの? 私はバイトしてたけど、壮太はさ……」
「貯金はそれなりにあるし、あんまり気にしないでくれ。多めに小遣い貰ってるし。いや、ほんとはバイトとかして自分で稼いだ金でやるのが良いんだろうけど」
「壮太は家事もやってるんだし、そこにバイトとか入れたら倒れちゃいそうだから、そこで無理しないでね」
芽衣の言葉に頷いて、他愛もない会話を続けていると食欲をそそる香りと共に注文した品がやってきた。テーブルに並べられたそれを取り皿に分けて手を合わせれば、少し早めのクリスマスディナーがはじまる。
「メリークリスマス!」
「えっ、あぁ、メリークリスマス」
突き出されたグラスに手元のグラスを軽くぶつけチンと軽く響く音。一口飲んでから、取り分けた料理に手を付けていく。
「美味しい」
「うん、美味いな」
シチューのパイ包み焼きとオニオングラタンスープは、どちらも少し濃い目の味付けで身体を内側から温めてくれるし、味は控えめのパイとフォカッチャを合わせることで、味付けも濃さを感じさせない。
ローストチキンは骨が抜かれていて食べやすく、しっかりとたれがしみ込んでいてこれまた美味しい。
テーブルの上に並ぶ結構な量の料理は思っていたよりも簡単に平らげられることになった。
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