第7話

 食事を終え喫茶店を後にした俺たちは、駅前のイルミネーションに圧倒されていた。


「綺麗!」

「ああ、すごいな」


 目の前に広がるのは見慣れた大通り。しかし、この時間にしては異様なほどに明るい。街路樹にまで飾り付けられた電飾は光り輝き、今は光の道となっている。さながら地上の天の川といったところか。なかなかに幻想的な光景が広がっていた。

 目を輝かせる芽衣とその光の道の中、駅を目指して進んでいく。


 特にこれといった会話もなく、景色に魅せられているとすぐに駅についてしまう。せっかくだから、上から見ていこうと二階の広場部分に上がっていく。


「すごっ!」

「人混みが?」


 すごいものがなにか分かっていながら、あえてそんなことを聞いてみる。


「イルミネーションだって。いや、人混みもすごいけどさぁ」

「分かってるって。にしてもすごいよな、綺麗とかそんなありきたりな言葉しか浮かばんけど」


 眼前に広がるのは先ほどまで通ってきた光の道。下から眺める際には眩しいくらいだったが、上から見てみれば白い輝きが綺麗に大通りをなぞっている。

 そして、それを一目見ようとここにやってきた多くの人の姿。そのほとんどがカップルなものだから、帰り際にここを通るであろう宮野先生にとってはなかなかに胸を痛める光景だろう。


「じゃあ行こっか」

「もういいのか?」

「うん。帰りもここを通って帰るわけだし」

「じゃあ行くか」


 はぐれないように芽衣の小さな手を握り自動改札をくぐれば、ちょうど目的地へ向かう電車がホームに滑り込んでくる。吐き出されるように降りてくる人と入れ替わりで乗り込めば、同じように乗り込んできた人によってドアの方へと追いやられる。


「悪い、大丈夫か」


 バランスを崩してドアに手をつけば、いつかのように間にいる芽衣を壁ドンするような形になってしまった。


「うん、私は平気。壮太こそ大丈夫?」

「まあ、一応」


 荷物は芽衣との隙間に差し込むように持って、表情を押し殺して答える。しかし、実際には電車が揺れるたびに、誰かの肘やら腕やらが背中やわき腹にダメージを与え、大丈夫かと言われれば微妙なところだった。


 地味なダメージに耐えながら電車に揺られること三十分ほど。窓の外に広がる景色は、住宅街から駅前の高層ビル群になり、ようやくそれを抜けた。もう目的地はすぐそこ。気がつけば周りの乗客は疲れ切ったサラリーマンの姿も多くなっている。


「おっ、もう次だ」

「さっきのところで降りるかと思ってたけど違うんだ」

「まあ、そっちで降りてもよかったんだが、せっかくだし違う景色を見たいだろ。ターミナル駅だから色々あったかもしれないけど、人ばっかりじゃ気が休まらん」

「まあ、それもそうだね」


 ちょうど開いたドアをくぐり、じゃあ行こうかと芽衣の手を取る。


 駅を出るとすぐそこが海というのもあって、ひと際冷たい潮風が吹きつけてくる。


「おぉ、寒っ! 芽衣、大丈夫?」

「まあ、一応。それより、行く場所ってあそこ?」


 芽衣の視線の先には、デジタル時計が中心に浮かぶ観覧車。ああ、と軽く答えれば、マジ!? と寒さを忘れたようなテンションの声が返ってくる。


「まあ、せっかくだし夜景で色づく街全体を上から眺めるのもいいかなって思って」

「ああ、もう、大好き!」

「ちょっ、芽衣さん!?」


 道のど真ん中で、思いっきり抱き着いてくる芽衣をうろたえながらも何とか抱き留める。重いとは言わないけど、勢いよく飛びついてくるのはやめていただきたい。普段は運動もろくにしてないインドア派だし、二人揃って転ぶまであるから。


「ご、ごめん。つい嬉しくって。ここまで考えてくれてたなんて」

「まあ、そりゃ、俺も楽しみにしてたし。喜んでもらえたなら良かったけど、まだ乗ってないからね」


 そんな話をしながら足を動かしていると、あっという間に観覧車の足元が見えてきた。それなりに並んでいるようだが、十分もあれば乗れるだろう。


「観覧車のライトアップも綺麗だよね」

「そうだな。まあ、こればっかりは下から見上げるより、少し遠くで見たいが」

「確かに。ここからだと上の方あんまり見えないし、首疲れちゃうもんね」


 そう言いながらも首を上げて観覧車を見ていると、白い何かが視界で舞って、鼻先を冷たさが襲う。舞い降りてきたのは朝の天気予報でもしかしたらなんて言っていた雪だった。

 芽衣もそれに気づいたようで、いつもよりもさらに高いテンションで声がかけられた。


「壮太、雪だよ!」

「みたいだな。鼻頭にさっき降ってきてめっちゃ冷たかった」

「ホワイトクリスマスだね。積もるかな?」

「降りだしたら夜明けまで降り続くみたいなこと言ってたし、もしかしたら積もるかもな。まあ、今から吹雪くように降られると帰れなくなるから、積もりだすにしても最寄りに戻ってからがいいけど」

「壮太のリアリスト~」


 少し頬を膨らませ、ブーと言わんばかりの視線を向けられる。

 なにそれ罵声? いや、事実か。とはいえ、気になるものは気になるんだから許してほしい。雪が降ったら、雪かきの恐怖と寒さに震えなきゃいけないんだよ。言っちゃったのは全面的に俺が悪いけど。


「気にしちゃうのも分かるけど、ちょっとは雰囲気楽しもうよ」

「まあ、それもそうだな。悩むだけ無駄だし」

「観覧車の順番ももうすぐだし」


 芽衣の言葉に小さく頷いて、また一歩前へ進む。

 もうすぐクリスマスのメインイベントにして大勝負、プレゼントを渡す時がやってくる。

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