第44話

 試験の結果を確認してから早くも一週間。

 この教室で過ごすのもあと数日となり、学校内はどこを見ても春休み気分の生徒ばかりが目に付くようになった日のことだ。宮野先生の退任は、ついに話す許可が下りたらしく、HRホームルームで改めて告げられた。

 聞かされた時から何かの勘違いであることを祈るばかりであったが、いよいよ向き合わなければいけないらしい。

 国民的漫画の射的とあやとりくらいしか特技がない弱虫な主人公とて、猫型ロボットが未来に帰ることになった時には、いじめっ子に勝って見せたというのに、俺は早く知っていたにも関わらず、何もできないままだ。


 先ほどまで春休み気分で浮かれていたクラスメイトがざわつく中、HRは終わり、宮野先生はいつものように教室を後にする。そうして、宮野先生の後ろ姿が教室から確認できなくなったところで、肩を軽くたたかれる。


「壮太、行くよ」


 声の主はもちろんながら芽衣。ただ、行くよと言いながらも荷物は持っていない。少し強引に腕を取られ、混乱がそのまま口からこぼれる。


「えっ!?」

「いいから、ほら」


 引っ張られるままにやって来たのは先ほどまで先生が経っていた壇上。こうして立ってみるとクラスメイトの顔がよく見える。

 ざわついていたクラスメイト達は、次第に俺たちの方へと視線を向けてくる。どうしたの? なんて声もちらほらと聞こえてきたところで、芽衣が口を開いた。


「宮野先生にさ、何かしてあげようと思うんだけど、みんなどう? お世話になったし、ちゃんと送り出してあげたいなって」

「えっ、なに言って――」


 壇上に連れ出されたはいいものの、芽衣が言い出したことは全くの予想外で、声がこぼれる。それに重ねるように、言葉は小さいながらも確かに返ってきた。


「ちゃんと送り出したいんでしょ。それは私も一緒だから、ね」


 どうやら心の内をすっかり読まれていたようで、優しい笑みと共に手を改めて差し出される。

 ああ、ここまでされなければ動けないのも情けない話だが、せめて胸を張って送り出せるように、今はこの手を取ろう。


「そういう訳だから、力を貸してくれ」


 ゆっくりと頭を下げれば、そんなことしないでも協力するぜ、俺らも先生にお世話になったんだ、なんて篠崎の声を皮切りに、なにをしようかと相談する声が聞こえだす。


「壮太!」


 嬉しそうに俺の名前を呼ぶ芽衣に、ああ、と頷くように答えて顔を上げる。言い出したんだから早く進行してくれ、と言わんばかりのクラスメイトの視線を受けて口を開く。


「えっと、案があったら言ってくれ。正直、時間も金もないし、出来ることは限られてると思う。けど、言うだけならタダだし」


 言いながらチョークを芽衣に渡せば、どんどんと意見が出てくる。

 といっても、派手になにかをやるといった意見は無く、寄せ書きや花束、プレゼントを贈ろうといったものや、写真を編集して動画にするのはどうだろうかといったものが主である。抽象的な案には、具体性が追加されていき、実行しやすい形へと変わっていく。


 意見が一通り出尽くしたところで、誰が何をしようだなんて話が始まっていた。

 言い出しっぺである俺らは総括役になるだろうから、自然とその会話からは外れてしまう。


「みんなやる気あるみたいだし、上手くまとまりそうだね」

「まさか、こんなにいい反応されるなんてな。さすが宮野先生って感じだ」

「なんだかんだ生徒想いのいい先生だもんね。私たちも頑張らないと」

「ああ、そうだな」


 改めてクラスメイトと向き合えば、どうやら丁度話し合いは終わったらしい。


「じゃあ、まあ、とりあえず、どうしよっか出されたやつで出来そうなもののまとめ役? ってのを決めていこうと思うんだけども――」


 * * *


 驚くほど順調に、いや、順調すぎて怖いくらいに話は進んでいき、各部門のまとめ役が決まったところで、時間もいいところだしと今日はお開きとなった。


「芽衣、ありがとな」

「なんのこと?」

「いや、なにって全部だ。引っ張り出してくれたこととか全部」

「私がやりたくてやったことだから。……それに、壮太には出来なかったってずっと後悔してほしくないし」


 二人っきりの通学路では、小さな声でもよく耳に届く。芽衣が付け足すように溢した一言もしっかりと耳に届いた。壮太にはなんて言い方は、考えすぎかもしれないが、誰かとの別れで後悔してしまったのが今も残っているようだ。

 いつかその話も聞ければいいなと思いながら、足を止める。


「ありがと」


 改めて口にしてから思いっきり抱き寄せれば、腕の中で慌てふためく芽衣。

 気づけば、日の入りの時間もだいぶ遅くなり、まだ夕焼けが見えている。

 肌を撫でる一陣の風は確かに季節が巡っているのを教えるように、柔らかいものへと変わっており、俺たちをそっと包み込む。

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