第45話
修了式は先日終わり、春休みがやって来たというのに俺は制服に身を包んで通学路を歩いていた。
宮野先生を送り出す準備は順調に進んでいる。
寄せ書き、というか短めの手紙のようなそれと写真を合わせて作るオリジナルアルバムや動画作成は女子を中心としたいくつかのグループの手によって作業が進められている。
この手のものは、やはり女子が中心になりがちなようだが、男子も荷物持ちとして買い物に付き添ったり、手紙を早めに渡すなど、出来る限りの協力をしているらしい。今回の件に積極的な篠崎に対抗してなのかもしれないが、理由はどうあれ、ありがたい限りだ。
順調とは言ったものの、言い始めたのが修了式ギリギリなのだから、その準備が春休みに食い込むのは当然のこと。言い出しっぺの統括役ともなれば、他の人たちが作業をしているというのに、優雅に休みを満喫する訳にもいかない。
若宮さんが生徒会特権を駆使して会議室の使用許可を取ってくれたのだからなおさらだ。
「壮太、やっと来た」
「やっとって、まだ集合時間前なんだけど……」
早めに学校に着いたつもりだったが、会議室へと足を運べば、すでに芽衣をはじめ何人かの姿があった。
「冗談だって。私もさっき来たところだし」
「そうかい。じゃあ、まあ、やりますか」
集まってきた領収書をまとめて、回収した金額と見比べ、使い切るために電卓を叩く。アルバムに使う写真の現像は適宜行っているらしく、その量もなかなかなものだ。時折、見てくれと頼まれる作成中の動画を芽衣と共に見て、好き勝手に意見を述べて、また作業に戻れる。すると、まだ、寄せ書きを出してない人が、なんて話が今度は飛んでくる。
生徒会の忙殺されてしまいそうな作業量と比べれば大したこともないが、当日の段取りも含めてゆっくりと、確認をしながら作業を進める。
「雨音君、芽衣ちゃん。ちょっといい?」
作業が間もなくひと段落着こうとしたところで、占有している会議室にやって来た若宮さんが小さな手招きと共に声をかけてくる。
「どうしたの、ななちゃん」
「まあいいけど、問題でも起きた?」
「いや、違うんだけどさ、ちょっと提案っていうのかな」
そう言いながら若宮さんはプリントをこちらに見せてくれる。軽く目を通せば昨年の離退任式についてまとめたものらしい。
「ここ見てほしいんだけど、離退任する先生に花束とか渡す役って、生徒会で推薦しちゃってもいいんだって。断られたり、推薦する人が見つからなかったら、学級委員とか生徒会がやってたみたいなんだけど」
面倒だし決まらないから、無くなるはずだったのを、和泉先輩たちが全員を無理やり推薦で決めてくれたおかげで使える裏技だけどね、と小さく笑いながら溢して、どうする? と問いかけてくる。
一緒に呼ばれた芽衣と顔を見合わせて、小さく頷く。
「やるよ」
「うん」
「はい、じゃあ決まりっと。あんまり協力できないけど、頑張ってね」
「いや、協力できないってそんなことはないと思うけど」
「そうだよ。めっちゃ助かってるから」
そっか、ならいいの、と言いながら手を振りまた生徒会室に戻っていく若宮さん。その背を呼び止めて、職権乱用に近いことしてるけど大丈夫か? と尋ねてみれば、二人のおかげでこうして楽しくやれてるんだし、せいぜいちょっと怒られるくらいだから平気よ、なんて返事を残して去っていく。
「こう言うのはアレだけど、今までやってきたことが、巡り巡って返って来たみたいだね」
「いや、俺は大したことしてないから返ってくるも何も無いと思うけど」
「謙遜は美徳だって言うけど、壮太の場合は謙遜し過ぎだよね。ななちゃん、壮太が背中押してくれたから、部活辞める覚悟が出来たから感謝してるって言ってたし」
そうか、と小さく返せば、目の前の扉がノックもなく、ガラリといくらか乱雑に開けられる。扉を開けたのはあーしさんで、大きな瞳が俺らを捉える。
「二人とも、いちゃつくのは良いけどちょっと通すし」
「あー、ごめん。どうしたの莉沙?」
「頑張ってるみたいだし、差し入れ持ってきた。あと、寄せ書きも回収してきた」
重かったーと言いながら、会議室の机にレジ袋を置いて、思いっきり伸びをしていたあーしさんは、ありがとっ、春原さん! なんて声と共に女子たちの中心になっていく。
そういえば、あーしさんに対するイメージもこの一年でだいぶ変わった気がする。はじめの頃は怖いだなんだと、今思えばなかなかに酷いものだったが、今は面倒見が良い姉御気質で芽衣の親友と真っ当なイメージになった。
「雨音と芽衣は何にする? お茶だけじゃなくて、ジュースとかもあるけど」
「じゃあ私はジュース」
「俺はお茶で頼む」
ん、と言葉少なに頷いたかと思うと、コップに注いでこちらまで持ってきてくれる。俺が変わったからというのも少なからずあるのだろうが、それは別としても、こうやって気を回してくれる辺り、いい人なんだよなぁ……。
お茶を口にしながら、少しの休憩を取れば、あと一息分残る作業も何とか片付きそうな気がしてきた。
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