第12話
駅前はあと1時間半で日が変わるというのに、昼間に負けないほどの騒がしさがある。まあ、騒がしさの原因は、そこら辺に漂うアルコールの匂いと、年の瀬を楽しむための屋台で、昼間の騒がしさとは別物なのだが。
これから向かう神社のあたりはもっとスゴいことになっているのかと思うと、少し億劫になってくる。
しかし、そんな億劫さも俺を見つけて手を振ってきた彼女の姿が目に入るとどこかへといってしまう。
「お待たせ」
「俺もさっき来たところだ」
「そっか。にしても、人多いね。平気だった?」
「まあ、これくらいなら。昼間だったらもっと混んでるだろうし、駄目だったかもしれないが」
「じゃあ二年参りにしてよかったね」
芽衣の笑顔を合図にどちらからでもなく手を絡め、神社へと続く人の流れに身を任せる。それなりに有名な神社なので、人の流れを形成しているのは、地元民以上に駅から流れてきた人の方が多い。
「手、冷たいね」
「手袋してなかったらこんなもんだろ」
「してくればよかったじゃん」
「腕時計はともかく、指輪の上からってのがちょっと気になったから。それに芽衣の格好も分かんなかったし。着物だったら芽衣は手袋しないだろうから俺だけ手袋してることになっちゃうからな」
「壮太ってずるいよね」
そんな言葉と共に絡められた手に力が込められる。
何がずるいのかは分からないが、機嫌を損ねたってことでもないらしい。
「夜に着物って着慣れてないと危ないし、今日はコートにしちゃったけど、着物の方が良かった?」
「いや、その格好も似合ってるよ」
ダラダラと喋りながら歩いていると、二十分ほどで目的地が見えてきた。
「なんか、お祭りっぽいね」
「確かにそうだな」
駅前の屋台はラーメン屋があったりでこの時間特有のものだったが、こちらは夏祭りを彷彿とさせるような屋台が多く、ソースが焦げるような匂いで満ちている。
「とりあえずお参りする? 年明ける前にしていいのか分かんないけど」
「まあ、結構並んでるし、いいんじゃないか」
「確かに! もしかしたら、並んでる間に年越ししちゃうかもしれないしね」
「そんなことになったら、一生忘れられなくなりそうだな」
他愛もない話をしながら列の最後尾へと足を運ぶ。
少し遠くから鐘の音も聞こえ始め、確かに今年が終わろうとしているのが空気から嫌というほどに伝わってくる。
しかし、まあ、今年は本当に色々あったな。祐奈、篠崎、宮野先生と話すだけだった生活が、屋上への呼び出しを機に、芽衣やあーしさんとも話すようになったし。些細なことで盛り上がって、ついには芽衣と付き合い始めた。
私生活はともかく、学校生活は灰色であってもなくてもいいようなものから、色を取り戻してかけがえのない時間になった、そんな年だった。
芽衣は運命だなんて言っていたけれど、それがなければ……。いや、なんとなくだが、どんな世界でも芽衣に声をかけられて、引っ張られて、隣を歩いてる気がする。
あれ? これが運命なんじゃないの? いや、まあ、そんなことを考えたって仕方ないか。
「壮太、難しい顔してどうしたの?」
「えっ、いや、まあ、ちょっと考え事をな。今年は色々あったから」
「本当に色々あったよね。私、こんなに距離が近くなるなんて思わなかった」
「それは俺もだよ」
少し話していると、あっという間に拝殿が見えてきた。列には結構な人がいたが、慣れている人も多く回転率もなかなからしい。
「壮太は何をお願いするの?」
「とりあえずは祐奈の受験と無病息災かな」
「ふーん。まあ、無難だね」
「まあな。芽衣は?」
「私も似たような感じ」
「基本的にそうなるよな。基本は自分で何とかするし、祈るしかない事なんてそれくらいだし」
そうやって言葉を交わしていると、ついに俺たちの番がやってきた。
祐奈の受験もあるし、少し多めに入れたお賽銭に祈りを託して鐘を鳴らす。二礼二拍手一礼だかそんな感じの手順にのっとって参拝を終えれば、年越しまではあと三十分程。
「壮太、おみくじやらない?」
「いいけど」
参拝を終えた人の流れ付く先はここらしく、同じようにおみくじを引く人たちを横目に、一本の棒を取り出す。そのままそれを引き換えて、隣の芽衣と顔を見合わせる。
「どうだった?」
「吉だな。芽衣は?」
「私は中吉だよ。お互いそれなりに良いって感じだ」
「どっちが上か曖昧だけど上から数えた方が早いのは確かだしな」
「足したら大吉超えちゃうね」
「運勢足しちゃうのかよ。いや、まあ、一緒にいる時間多いし足してもいいのかもしれんけど」
「そういうとこ好きだよ」
ふとすれば、喧騒にかき消されてしまいそうな小さな声が耳に届く。
会ってすぐに俺のことをずるいって言ってたけど、ずるいのは芽衣の方だろ。
そんなずるい彼女に手を引かれるがままに、屋台の方へと足を運ぶ。
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