第39話

 散々なまでに祐奈に振り回されること1時間ちょっと。

 ようやく、帰ってきて良い、とのお達しが。数少ない居場所だと思ってた家に帰るのにも許可が必要って、俺の居場所はどこにあるんだ。俺が15歳だったら、居場所を求めて盗んだバイクで走り出してたまであるぞ。いや、事後処理が面倒そうだし、せいぜい自分のチャリで夜町に繰り出すだけだな。我ながら小心者すぎる。


「たでーま」


 駅から家までの短い道のりは、莫迦な事を考えながら歩くとあっという間だ。とはいえ、あまり莫迦なことばかり考えていては、そのうち成績に悪影響を及ぼしかなないし、今度から頭の良さそうなこと考えるか。えーっと……我思う、故に我在り。うん、駄目だなこれ。もう頭良さそうなこと考えようって発想自体、頭悪い。


 祐奈からの返事がないので、莫迦なことを考えたままリビングに向かう。


「えっ?」


 リビングの扉を開けると、なぜか芽衣と目が合う。芽衣は随分と間の抜けた声を出しているが、俺も随分と間の抜けた顔をしているのだろう。一歩下がって、扉を閉める。



 表札を確認しに行くが、俺の家で間違いはない。となると、祐奈に振り回されたせいで熱中症かなんかになって、ちょっと幻覚見えてるだけだな。冷たい飲み物飲んでゆっくりするか。

 もう一度リビングの扉を開ける。幻覚は消えていないどころか、後ろに若宮さんと篠崎の姿まで見える。


「えっ、お兄ちゃんいつの間に」

「さっきだよ、頼まれたもの買ってきた」


 一歩踏み出した先には、何とも言えない空気が流れている気がするが、その一歩を踏み出す前に後ろから話しかけてきた祐奈に返事をする。


「なんてタイミングの悪い。しょうがないし、やっちゃいましょう」


 え、何されるの? 仕留められるの? 口封じってやつなの?

 混乱している俺の背中をグイグイと押し、リビングの真ん中まで連れてきた祐奈。みんなはカバンを漁って、何かしようとしている。


「誕生日おめでとう」

「おめでとう雨音」

「壮太、おめでとう」

「お兄ちゃんおめでとー」


 クラッカーから飛び出した紙テープを浴びて、思考が一瞬止まる。

 あれ、今日俺の誕生日だっけか。携帯を開いて日付を確認すると、俺の誕生日で間違いはない。


「あー、その、ありがと」

「お兄ちゃん、まさか自分の誕生日忘れてた?」

「おう、そのまさかだ。いつもは朝起きてすぐ祐奈が祝ってくれるから、そういえば誕生日だったなぁって思い出すんだけどな」


 親からは小遣いと一緒に、あんた今月誕生日でしょ、と言われて金を渡されて終わる。

 まともに祝ってくれるのは祐奈だけだったからしょうがないじゃん。

 今年は親から、生活費の振り込みに誕生日の分入れといたから、とメールが一件来ただけだった。

 まあ、色々されるよりは金貰うだけの方が楽で自由でありがたい、と思っているから特に文句はない。ただ、一つ不満を上げるのならば、祐奈の方が金額を多くもらえる点である。女の子の方がお金がかかると言うし、その関係だろうと割り切っているが、倍近い差はないでしょ。


「とりあえず座った、座った」


 篠崎に急かされる形で、誕生日席に座る。机の上には色とりどりの料理の数々。市販品も多いが、手作りのものもそれなりにある。並んでいるのは俺の好物が多いが、これは祐奈の情報提供によるものだろう。

 紙コップが配られ、ジュースが注がれる。芽衣が改めて言った、壮太、誕生日おめでとう、の一言で乾杯して食事が始まる。


「しかし、ビックリしたわ。今日予定あるんじゃなかったの? 部活とか生徒会とか言ってたじゃんか」

「あれ全部嘘。それはこの間終わってるんだよ」

「じゃあ、アレか。今日やたら早くに教室を出て言った理由はこの準備するためか」

「そういうこと。でも、お兄ちゃんすぐ帰ってこようとするから大変だったんだよ」


 それで、あの買ってきてメールの山か。


「まさか、最後の最後でああなるとは思わなかったけどね」


 祐奈曰く、俺がもう数分遅く帰ってきていた場合、準備も整い完璧だったらしい。よりにもよって私が部屋に戻ってるときに帰ってくるからタイミング最悪、と言われた。そんなことを言われたところで、どうしようもないのだが。


「まあ、いいじゃん。無事壮太は驚いたんだし」

「驚くのベクトルが違う気がするけどな」


 余計なことを言った篠崎が、机の下で足を若宮さんに蹴られている。


「いや、その、なんだ、嬉しいよ」

「お兄ちゃんが素直だ」


 そんな世界の終わりでも迎えるような顔するなよ。俺、結構素直だろ。働きたくないなぁとか、もっと寝たいとか、結構素直にいろいろ言ってる。


「まあな。おっ、これおいしい」


 市販のフライドチキンが篠崎にすごい勢いで頬張られていくが、油ものばかり食うのもはばかられるし、色々用意してくれたのに、それらを放っておくのも申し訳ない。そう思い、口にしたのは食べやすさを考慮してか、一口サイズにされたサンドウィッチ。


「そっか、良かった」


 作ったのは芽衣らしい。食べやすいように、と気遣いをするのは下の子たちがいるからだろうか。


「若宮さん、篠崎さん、いつも二人はあんな感じで?」

「そうだな」

「そうだね」


 ほほう、と目を輝かせてニヤニヤしながらこっちを見てくる。なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ。

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