第40話
机の上の料理は多すぎるくらいに思っていたが、あっという間に無くなり、今は大きなケーキが置かれている。
「おお、これがマーチのケーキ! すごいよお兄ちゃん」
そのケーキに目を輝かせている祐奈。ケーキを持って来た若宮さんは、ははは、と苦笑いしている。マーチは若宮さんのお母さんがやっていると言っていた、駅前のケーキ屋の名前らしい。
「お兄ちゃん、上のチョコプレート頂戴」
俺の誕生日だというのに、遠慮なんて知らん、と言わんばかりだ。
「お前の誕生日じゃないんだよなぁ。まあいいけど、少しは俺も食べたい」
やっさしー、と言って、本当にひと欠け程度のチョコプレートを俺の皿に置くと、残りをリスのように食べ始める。
少しって言ったけど、これ欠片ってレベルだぞ。まあ、良いって言ったのだし抗議するつもりは無いが。
「この間も思ったが美味い」
「フルーツたっぷりなんだけど、生地も水っぽくなって無くて美味しい」
祐奈にチョコプレートのほとんどを持っていかれたのを気にしてか、芽衣が大きめに切り分けてくれたケーキは、あれだけの料理を平らげた後だったのもあって多すぎる気もしたが、あっさりと食べれてしまった。祐奈がしょっちゅう甘いものは別腹だ、と言うがなんとなく分かった気がする。
「次はプレゼントだね」
「マジで? プレゼントまであるの?」
今までずっと金もらって終わりだったし、友達から誕生日祝われるなんてことがなかったから、なんか新鮮で嬉しい。
「私たちからはイヤホンを」
「結構イヤホンしてるけど、安物だし音が微妙って嘆いてたから、それなりのものにしたぜ」
「おお、ありがと」
紙袋から中身を取り出してみると、いつも使っている安物とは違い、音質の良さを謳っている中々手を出しがたかったものが入っていた。これは嬉しい。
「壮太、私から」
丁寧に包装されたプレゼントを芽衣から受けとる。大きさはそこまで大きくなく、制服のポケットには入りそうだ。
「開けてもいいか?」
「いいよ、開けてみて」
それじゃあ、と丁寧に包装を剥がして箱を開ける。そこには、いい感じの長財布が入っていた。
今使っている財布が、ボロボロすぎるからちょうど買い換えたいと思っていたところだったので少し驚く。祐奈が教えたのかと思い、祐奈に視線を向けるが、知らないという代わりに首を横に振っている。
「どうかな? 何がいいか悩んだんだけど」
「ちょうど財布買い替えようと思ってたし、嬉しい」
「良かったー。壮太いつもボロボロのお財布使ってたから、どうかなって思って選んだんだよ!」
「そうか」
さっきから、芽衣の後ろのガヤの顔がうるさい。ニヤニヤしてこっち見んなよ。ただプレゼント貰ってるだけじゃん。
「最後は祐奈か」
「お兄ちゃん、私からは無いよ」
「えっ?」
「無いんだって」
なんで? 俺はいっつもあげてるのに無いの? 去年までは結構色々くれてたのに、酷いわ。これが反抗期というやつなのかしら。目線で抗議しようとすると、露骨に視線をそらされる。
「もういい時間だ。皆さん帰らないで大丈夫ですか?」
あっ、と皆が驚いて時計を見る。時計の長針は6の字を過ぎたところにいる。そろそろ夕飯の時間だ。
「そろそろ解散だな」
「そうだな」
というわけで、見送りがてら玄関まで出る。
「じゃーな」
「また今度」
篠崎と若宮さんは駅とは反対側に向かって歩き出す。この後は一緒に夕飯を食べる予定らしい。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ちょっと」
なに? どうした? と返事をすると、駅前のコンビニで売ってるアイスが食べたくなったから、買ってこいとのこと。
あれ、今日俺の誕生日じゃなかったっけ? という疑問は腹の中に仕舞い、しょうがないなー、と返事をする。芽衣を駅前まで送って行け、と言いたいのだろう。ただ、金を渡されなかったから、アイスをたかるのも本気らしい。
「芽衣ちょっと待っててくれ、俺も駅前まで行くから」
「オッケー」
芽衣を玄関で待たせ、先ほど貰ったばかりの財布にボロ財布の中身を手早く移し、携帯と家の鍵を持って準備を整える。
「じゃあ行くかぁ」
芽衣とともに駅までの道を歩く。暑さは日中に比べればだいぶマシとはいえ、夏が始まったなぁと思わせるようなジメッとした感じは健在だ。
特に会話もないまま駅までの道を歩いていると、芽衣が口を開く。
「ちょっとだけ時間欲しいかも」
芽衣の言葉に、そうか、とだけ返事をして芽衣について行く。少し駅への道を外れ住宅街の中を進む。着いたのは少し大きめの公園。まだ日は出ているが、子供たちの姿はもう無い。
「壮太。私のことどう思ってる?」
夕焼けに染まる公園で、突然そんなことを聞かれた。
もう3か月も前、屋上で見た光景と少し重なって見えたが、俺は何とか平静を装って、いい奴だと思う、とだけ答えた。
「そっか」
芽衣はそう言うと、何かをぐっとこらえてから軽く深呼吸した後、息を大きく吸ってこちらを向く。
「壮太、絶対にこの夏休みの間に振り向かせるから覚悟して!」
「おっ、おう」
ビシッ、と指をさしてきた芽衣は、次の瞬間、ものすごい速さでこの場から走り去っていった。
気圧されるように返事をしてから、言葉の意味を理解し、呆然とする俺を残して。
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