第2話

「あんた、雨音でいいんだよね」


 購買で菓子パンを買って自販機の列に並んでいると、廣瀬と同じグループに属しているギャルが話しかけてきた。彼女の名前は知らないけど、向こうはこちらを知っているらしい。今度こそカツアゲにあうのかしら。まあ、怖いから返事するんですけど。


「は、はい。えっと、何でしょうか」

「飲み物買ったらあーしについてくるし」

「うす」


 怖い、怖いよ。その目力、今まで何人か仕留めてきましたって言われても納得できるレベル。あーしさんの機嫌を損ねたら、俺も仕留められた側にカウントされるんじゃない? 大丈夫? 祐奈を残して逝くわけにはいかないから大人しく従っておこう。すまん篠崎、教室に帰れるか分からん。

 迷うふりをして時間を稼ごうと思ったが無理。怖い。

 最後の抵抗をする気さえそがれた俺は、大人しく缶コーヒーをひと缶だけ買った。


「買ったね。ついてくるし」


 俺がコーヒーを手に取ったことを確認したあーしさんは、それだけ言うと俺の返事も待たずに足を進める。

 どこに連れていかれるんだ? 怖いお兄さんが待っていないといいんだけど。もしかしてこの間の件で何かあるの? 沈黙は平気なタイプだと思っていたが、今は莫迦な考えばかりが頭を支配してひたすらに怖い。

 階段を2階、3階と登っていき、教室フロアのさらに上へ。妙に綺麗にされている屋上前の踊り場までやってきた。屋上へ続く扉の南京錠と内からかける鍵は開いている。


「芽衣がいるから行け」

「ハイ」


 扉を開けると強い風が吹きつけてきた。こんなに風が強いってことは誰もいないんじゃない? 何されるの? 罰ゲームでももう一回やるの?

 屋上に一歩を踏み出すと扉が閉められガチャっと音が聞こえた。あれ、閉め出された?

 扉を開けようとするが開かない。内から閉める鍵をかけられたらしい。どうしたものか。


「え? 雨音!?」


 とりあえず教師に見つからないようにと他の校舎からの死角になっている給水塔の陰に向かうと、どう考えても一人で食べる量じゃない弁当を一人で食べている廣瀬がいた。あーしさんの言葉通りに。というか屋上に廣瀬もいるのに俺を屋上に閉め出しちゃうのかよ。


「どうしてここに?」

「あーしさんに連れてこられた」

「あーしさん? 誰それ?」

「一人称があーしの人。名前は知らん」

「あー、莉沙りさね。とりあえず座ったら?」


 廣瀬がここに座れと言わんばかりに隣の地べたを指さしているので、とりあえず廣瀬の隣に座らせてもらう。


「廣瀬はどうしたんだ? その、それは……」


 決して美味しそうだとは言い難い、歪な形のおかずが詰まった弁当箱に目線を向ける。


「お、お弁当を作ってみたんだけど、多く作りすぎちゃって捨てるのもよくないから、それで、その」


 漫画や小説のように指が絆創膏でいっぱいなんてことはなっていないが、弁当箱の中身からでも十分に努力は見てと取れる。普段料理をしている身として、料理をする大変さも少しは分かっているつもりだ。だからだろうか、こんなセリフを口走ってしまったのは。


「なあ、少しもらってもいいか? 食べきれないんだろ? 俺は腹減ってるし」


 似合わない台詞に驚いたのは俺だけではないようで、廣瀬は二度、いや、三度見くらいしてからツッコミを入れてくる。


「……え? いや、失敗してるのだし。それにさっきお弁当食べてたじゃん。パンも持ってるし」

「あれは祐奈のだから少ないんだよ。それにパンは日持ちするし後でも食える」


 自分でもなんでこんなにムキになっているんだと思えてしまうが、とにかく理由にもなっていような言葉を並べていく。

 その答えは、少し引き気味なじゃあ、はいと割り箸をだった。

 実は誰かのために作ってきたけど、訳あって渡せませんでしたとかそういう理由があるんじゃないかってくらい用意周到だ。普通は割り箸とか余計に持ってないだろ。まあ、手を汚さずに食えるからいいんだけどさ。


「いただきます」

「ど、どうぞ」


 とりあえず卵焼きをいただく。うん、見た目から少し覚悟していたが美味しいと言って差し支えないレベルだ。もう一つと手を伸ばしたところで視線がこちらを向いていることに気づいた。まあ、作った身として感想は気になるよな、うん。


「美味しいよ」

「そっか、良かった」


 傍から見ればカップルのようなやり取りをしているが、もともとは罰ゲーム告白の被害者と加害者。間違ってもそんな関係ではないので、そこから会話は弾むことがない。

 沈黙の中で箸を進めていくと、二人分近くあった弁当はもう最後の一口分となっていた。それを口に運んで手を合わせる。


「ごちそうさん。美味かった」

「そっか、お粗末様でした」


 廣瀬はえらく満足げにうなずいてから荷物をまとめ始めた。大きめの弁当箱を手早く布でくるんで、ゴミもまとめていく。俺も何かしようかと思ったが、残念ながらできそうなことはない。


「戻ろっか」


 片づけを終えた廣瀬に軽い返事をして立ちあがたところで思い出した。


 そういえば俺、あーしさんに閉め出されたんじゃなかったっけ?

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