第3話

 廣瀬が扉を開けようとドアノブを回したり、扉を押したり引いたりしているが開く様子はなく、金属が引っかかってるような乾いた音がするだけだ。

 俺を締めだした後カギを開けることはしなかったらしい。


「開かないんだけど、どうしよう」


 若干涙目になった廣瀬が少し焦った様子でこちらを見てくるが、残念。俺もこの状況をどうにかできる手段は持ち合わせてはいない。


「あーしさん。じゃなかった莉沙さんに閉め出されたんだよ」

「え?」

「いや、だからね、屋上前の踊り場に連れてこられて、屋上に出たらガチャって音と共に閉め出されたんだって」


 あの時はめっちゃびっくりした。俺が居ると篠崎と喋るのに邪魔だから、と結論付けたんだけども。あー、でも廣瀬がいるとか言ってたっけか。もしかして廣瀬さんあのグループからハブられてるの? あんだけ仲良さそうな雰囲気出してたのに? 女子って怖いな。


「そっか……」


 廣瀬は少し沈んだ声と共に黙り込んでしまう。俺も話すことがある訳じゃないので、屋上は沈黙が支配する。頭を回してこの場を脱する手段を考えるが、携帯は机の中で充電中。しかも連絡先はほとんど入ってないので呼べるとしたら篠崎くらいだ。


 扉の前で狼狽えていてもしょうがないし、教師にばれる可能性もあるので、ため息一つと共に給水塔の裏、校舎からの死角に戻った。

 戻ってから体感時間にして一時間ほど、実際は五分ほどで昼休みの終了を告げる鐘の音が聞こえた。

 なぜか廣瀬の機嫌が悪いので居心地が悪かった。しかし、このままでは5限に出られず担任の宮野先生に鉄拳制裁をされるかもしれん。なぜかあの人俺にだけ厳しいし。友好関係が非常に狭いある意味問題児だからかしら。


「えっと、廣瀬さん。友達を携帯で呼んだり出来ない?」


 もしもハブられているなら、厳しいだろうがどうだろうか。


「そうだね、ちょっと呼んでみる。雨音は?」

「机の中で充電されてる。手元にあったところで、家族と篠崎の連絡先くらいしか入ってないけどな」


 まあ、祐奈としかやり取りしないんだけど。篠崎とも普段やり取りしないからなぁ。もしかしなくても俺携帯持ってる意味ない? いや、祐奈との連絡ツールとしてめっちゃ大事か。


「え? それだけ?」


 器用にフリック操作で何かを入力しながらこちらを向いて聞いてくる。いや、なんでその速度で見ないで打てるの? 大丈夫誤字とかしてない?


「いや、十分でしょ。そんな急ぎの連絡してくる相手いないし、されてもなぁ」


 まず、電話ってツールが好きじゃない。突然に相手の時間を奪うってのがよくないと思うんだよ。メールは高確率で見ないで翌日を迎える。そんなんだからメールボックスは密林からのとスパムが埋めてるんだよなぁ。まあ、入っている連絡先がそれだけなのは、それ以前にそれくらいしか友好関係がないからなんだけれども。


「遊ぶ約束とかしないの? あとは勉強しながら電話したり、雑談したり」

「平日の夜は家事やって、祐奈の勉強見ながら俺も勉強して、休日はそれに加えて買い物行ったりするからなぁ、そういうことはないな。家じゃ携帯なんて目覚まし時計とそんなに変わらん」

「お父さんとお母さんは?」

「父親の単身赴任に母親が付いてったから今は祐奈と二人暮らしだ」


 そういえば親からの連絡は基本的に祐奈のところに行くな。まあ、俺より祐奈のほうが心配だろうし信頼もあるからだろう。


「家事とか全部やってるの?」

「一応はな。とはいえ大したことしてるわけじゃないけど。さすがに受験生に家事やらせるのはなぁ……。気にしなくていいって言われたんだが」


 俺は受験生の時に家事なんて一切してなかったし、余所の子もしてないだろうしな。とはいえあんまり言いすぎると、来年家事をしようものなら俺の言ったセリフをそのまま突っ返されそうだからそこまで言わんけど。


「ところでどうだ? 返事はきた?」


 廣瀬が携帯に目を向けたところで、5限の開始を告げるチャイムが鳴った。遅刻確定みたいですね。


「鍵開けたって、とりあえず戻ろ」


 そういう廣瀬はなぜか顔が赤かった。


「ああ、そうだな」


 再び扉の元に行くと今度はあっさり開いた。いつの間に開けたのやら。

 このまま一緒に教室まで行くと、要らん誤解を受けそうだし、やっぱりどっかで少し時間潰すか。


「先戻ってくれ、さすがに同じタイミングで戻って邪推されるのは嫌だろ」


 階段を2階分、俺らの教室がある4階まで降りたところで、廣瀬にそう言って階段を降りる。5分と経っていないからお手洗いに行ってました、的なことを言えば廣瀬は許されるだろう。

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