第31話

 一週間ぶりの授業が終わり、やって来た放課後。

 まだ日が落ちるのは早く、6時間の授業をこなしただけで空は茜色に染まり始めていた。


「こうして二人で学校から帰るのも久しぶりな気がするね」

「まあ、そうだな」


 入試休みの前は壮太は祐奈ちゃんの方に付きっ切りだったし、私は私でチョコの準備をしてくれていたらしいから、かれこれ1か月ぶりとかそれくらいだと思う。


「祐奈の受験もひと段落着いたし、これからは、いつも通り一緒に帰れるな」

「そうだね。あっ、でも、四月からは祐奈ちゃんも一緒かもね」

「祐奈は世渡り上手いから、あっさり友達作ってそっちと帰るかもしれんけどな」

「祐奈ちゃんは可愛いし、明るいもんね」


 まあな、なんて少し自慢気に答えながら足を進める壮太。私たちの間を吹き抜ける風はまだ冷たいが、凍えるような北風ではなく春を運んでくれそうな風へと変わっている。


「まあ、四月の話の前に試験があるけど」

「うぅー。思い出したくなかった……」


 思い出したようにそんなことを言った壮太に、思わずガクリなんて効果音が似合うように肩を落としてしまった。

 けど、学年末試験ってことは、もう一年も経ったのかぁ。


「え? なにが一年経ったの?」


 どうやら、心の中のつぶやきは口からこぼれてしまったようで、少し不思議そうにこちらの顔を覗き込んでくる壮太。


「えっと、その……」


 私と壮太の始まりと言ってもいい屋上での告白の原因となったのが去年の学年末試験。もう、壮太には呼び出した時の理由を軽く話しているが、口に出すのは憚られる。きっと壮太は、気にしてないって言うだろうし、過去の一件もしっかりと片付いた今、そんなことを気にされても困るんだろうけど、それでも言葉は吐き出せない。


「あー、別に、何でもないならいいんだぞ」


 私が言いづらそうにしていると、少し申し訳なさそうに言葉を溢す壮太。勇気をもらうように、その手をそっと握って、深呼吸と共に言葉を紡ぐ。


「えっと、さ、春に屋上に壮太を呼んだじゃん。その時の、きっかけが去年の学年末試験だったから」


 壮太はふーん、と落ち着いた様子で聞いていたが、私がそれ以上言葉を続けないでいると、えっ? と首を傾げ、それだけ? と思ってたよりももっと簡単な反応を示す。

 私がゆっくりと首を縦に振れば、壮太は何がおかしかったのか小さく噴き出した。


「まったく、気にし過ぎだっての。それがあったからこうして一緒にいれてるんだろ」


 そんな言葉と共に少し大きな壮太の手が私の頭を軽く撫でる。

 少し柄でもないことをしている自覚はあるらしく、ちょっと頬を染めているところが可愛らしい。


「それはそれとして、試験は嫌だなぁ」


 壮太の撫では気持ちいいが、手を放すタイミングを完全に見失っている壮太の顔は先ほどよりも赤みを増してきた。ちょっと名残惜しくもその手をのけて、いつもの調子で話を続けてあげる。


「芽衣も成績良い方だし、そんなに気にしないでいいだろ」

「いや、特進クラス行くんだからちゃんと上位にいたいじゃん」


 それに、成績最上位層にいっつもいる壮太の彼女なんだから、もう少し高い点数を取れないと私の中で釣り合いが取れる気がしない。きっと壮太はそんなこと気にしたりはしないんだろうけど。


「なるほどな。まあ、また勉強会でもするか」


 少し考えるような素振りを見せた壮太の提案にうん! といくらか力強く頷いて見せる。



「そういえば、ななちゃんの手伝いどうする?」

「まあ、出来る範囲でなら引き受けようと思ってたけど」

「それ、全部手伝っちゃうやつじゃない?」


 壮太は仕事そんなに好きじゃないし、最低限のカバーをするだけだって答えたが、きっと、一人でさっと片付けてしまうのだろう。あの文化祭実行委員の時のように。

 あの時の私は、自分の分で手いっぱいで、壮太のようにはできなかったけど、今はもう少しできるはず。


「私も引き受けようと思ってるから」

「いや、別に俺に合わせ――。じゃあ、しばらくは一緒に帰れるな」


 壮太の言葉にうん、と頷いて、その腕を絡めようとすれば、朝に見た姿が視界に映る。


「あれ? お兄ちゃんに芽衣さん?」

「おー、祐奈じゃん。どうしたんだ?」

「よろしく会の帰りだよ」

「えっ、なにそれ。そんな奇天烈な会があるの? というか、そこに所属してたの?」

「受かった人でちょっと集まって、連絡先交換したりちょっとした交流するやつだって。お兄ちゃんと芽衣さんは今帰り?」

「そうだよ!」


 兄妹の会話に置いて行かれてしまったからか、私の返事は少し食い気味なものになってしまった。まあ、2人は気にしている様子を見せなかったが。


「最近の中学生はすげぇな。そんなことするのか」

「お兄ちゃんの時もあったんじゃない? ねえ、芽衣さん?」

「私も知らないや。いや、多分あったんだろうけど、そういうのに顔を出すタイプじゃなかったから」


 芽衣さんも知らないのかぁ、とちょっと寂しそうに呟いた祐奈ちゃん。だが、次の瞬間にはケロッとして、壮太に言いたいことだけ言って手を振って去っていく。


「邪魔するの悪いから祐奈は先に帰ってるね。お兄ちゃん、ちゃんと芽衣さん送るんだよ。じゃーねー」

「言われなくても送るっての。そっちこそ気をつけろよ……って聞いてねぇ」

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