第24話

 カーテンの隙間から差し込んできた太陽の光で目が覚める。体を起こしてみると、昨日のようなけだるさは、ほとんど抜けきっている。熱っぽさはほとんどないが、とりあえずサイドテーブルに置かれた体温計に手を伸ばすと、扉から随分と控えめなノック音が聞こえてきた。


「入るよ」

「どうぞ」

「調子はどう?」

「おかげさまでだいぶ楽になった」


 芽衣の決して大きくない、女の子らしい手が俺の額に触れる。


「うん、だいぶ平気そうだね」


 芽衣がそういったところで俺のわきのあたりから、ピピピッと電子音が聞こえてくる。


「測ってたなら言ってよ。恥ずかしいじゃん。何度?」

「37度1分。平熱より若干高いくらいだ」

「だいぶ下がったね。良かった。お腹は空いてる?」

「ああ」

「じゃあ、準備しておくね」


 芽衣はそう言うと部屋を後にした。

 汗を吸った寝間着を脱いで、部屋着に着替えて廊下に出る。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ほぼ治った。明日には全快してると思う」

「芽衣さんの看病のおかげだったり?」

「まあ、そうだろうな」

「お兄ちゃん、実はまだ全然治ってないんじゃない? 40度とかあるんじゃない? 大丈夫?」


 俺の言葉に5回ほどまばたきしたかと思えば、そんなことを言い出し慌てる祐奈。

 いや、なんでそうなるんだよ。俺が素直に認めたからなの?


「大丈夫だから」

「じゃあなんでそんなに素直なの? いつもなら絶対、最近の薬はよく効くからな。技術は常に進歩してるんだぞ、とか言うのに」

「一応聞くがその話し方誰の真似?」

「お兄ちゃんに決まってるでしょ」


 祐奈はそれだけ言うと自分の部屋に戻っていったので、階段を下りてリビングに入る。


「下りてきたの? 部屋に持ってくつもりだったのに。まあいいや、ちょっと待っててね」


 芽衣はキッチンに立って作業しているが、その姿はきちんと様になっている。今の俺が行っても邪魔になるのは分かっているので、おとなしくソファーに座り芽衣を見る。


「そんなに見ないでよ。壮太ほど手際よくできないし、恥ずかしいから」

「すまん。でも手際はいいと思うぞ」


 テレビのリモコンをいじってみるが、芸能人関係の話題で盛り上がるニュースばかりだ。誰がトラブルを起こそうと、誰が結婚しようと、所詮他人事だというのによく盛り上がれるもんだ、といった感想しか出てこないし、面白くもない。テレビの電源を切り、チラチラと芽衣を盗み見る。

 昨日と同じく、ゴールデンウィークに俺が選んだエプロンを身に着け、髪は少し高めの位置でポニーテールにしている。普段俺が使っているキッチンに、他の誰かが立っているのを見ることはないのでなんというか変な感じだ。ふと、先ほどテレビで出てきた新婚という言葉が脳裏をよぎったが、きっと熱のせいで莫迦な事しか考えられなくなっているだけだ、と自分に言い聞かせる。


「壮太、出来たよ」

「そうか。ありがと」


 席につくと、芽衣が土鍋に入ったうどんを運んできて、取り皿に取り分ける。


「いただきます」

「召し上がれ」


 取り分けられたうどんは、ニンジンに大根、カブと野菜たっぷりなうえ、ネギやショウガが盛り付けられ、風邪に効くと言われているもの尽くしだ。

 こういう小さな気遣いがどうしようもなく嬉しいのは、夏風邪で弱っているからだけじゃないんだろうな。

 芽衣の視線を感じながら、うどんを啜る。だしの効いたスープの絡んだ麺はちょうどよい固さで、食べやすく美味しい。


「美味しいよ」

「そっか、良かった」

「ありがとな、色々と」

「いいよ、私が好きでやってることだから。とりあえず、今は食べて、良く寝てちゃんと治してね」

「言われなくてもそうするつもりだ」


 それだけ言ってうどんを食べ進める。うどんは野菜も煮崩れてなく、食べやすかったし、食べているとショウガのおかげか、体の内側からぽかぽかと温かくなっていく。



「ごちそうさま」

「お粗末様でした。とりあえず薬飲んでゆっくりしてて。寝れそうなら寝た方がいいけど」

「薬飲んで寝るよ。まだ寝れそうだし」


 芽衣は薬と水の入ったコップを持ってきて、代わりにさっきまで使っていた食器を片付けている。


「そっか。とりあえず家事はやっておくから」

「さすがに悪い」

「そう思うなら早く治して。ね?」

「分かった」


 なんというか、至れり尽くせりだな、と思いつつ薬を飲んで、部屋に戻り再び眠りにつく。




 扉が開く音がして、ふと目が覚める。


「ごめん、起こしちゃった?」

「大丈夫だ。なんかあったか?」

「いや、そろそろ帰ろうと思うからその前に様子見に来たの」


 時計に目をやると、短針は2の文字を過ぎ、3の文字を目指して進んでいる。


「そうか」

「調子はどう?」

「ほぼ元通りって感じだな。けだるさもない」

「良かったぁ。あ、冷蔵庫におにぎりあるから、お腹空いてたら食べてね」

「分かった」

「じゃあ、私そろそろ」

「ちょっと待ってくれ」


 芽衣が立ち上がったところで、俺は特に用もないのに、芽衣の手をつかみ引き留めてしまった。


「なに? どうかした?」

「いや、その……」


 とにかく何かないかと、ようやく回るようになった頭で言葉を、引き留めた理由を探す。


「夏休みの最終日の花火大会なんだが、俺と一緒に行ってくれないか?」

「いいよ。っていうか、約束してるじゃん」

「そうじゃなくて、なんて言うんだ。あの時は断る理由がないから頷いたが、今はそういうのじゃないんだよ。俺が芽衣と一緒に行きたいから誘ってるって言えばいいのか」


 言っていて、顔が熱くなっていくのが分かる。


「分かった。じゃあ、そのお誘い受けさせてもらうね。風邪治ったら詳しいこと決めよっか」

「おう」

「じゃあね」


 芽衣は足早に部屋を出ていった。そのあと廊下からは、芽衣と祐奈が話しているのが聞こえた気がするが、気力を使い切ったせいで、何と言ってるかは全く分からなかった。

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