第11話

 週が明けて月曜日。大型連休まではあと3日。

 3日間毎日サボれば大型連休が土日も合わさり5日も延びたというのに、学校に来てしまった。まあ、学校サボったら、休み明けに宮野先生に何させられるか分からな過ぎて、憂鬱すぎる休みを過ごすことになっただろうから、いいんだけど。

 教室の扉をくぐり、自分の机に向かう。

 今日は朝からやたらと視線を感じるが、俺なんかしたっけか? うん。なんか、異世界で無自覚にチート振り回してる主人公みたいだな。残念ながらここは現実世界で、素敵なチートもなければ、イケメンでもない俺の場合は、今日は一段とキモいとか、鳥の糞ついててウケる、とかその辺なんだろうけど。えっ、鳥の糞ついてないよな?


「雨音、いつの間にお前父親になったんだ?」


 着席するや否や、そんなことを篠崎に言われた。


「おはよう、篠崎。随分変わった挨拶だな。やたら日本語に発音が似ているけど何処で使われてるんだ?」

「すまん、おはよう」

「で、どうした?」


 篠崎はどの科目でも赤点を取ってしまうような頭の持ち主だが、冷静に物事を判断するタイプの人間だし、噂といった類のものは毛嫌いしている。そんな篠崎が珍しく面白い噂を見つけたクラスの男子と同じようなことを言い出すもんだから、警戒度は上がる。


「いや、これだよこれ」


 差し出されたのは篠崎の携帯。画面には高校生が一番よく使うであろう連絡ツールが開かれている。篠崎の操作に合わせて画面に一枚の写真が映し出される。それは、廣瀬と背中に朱莉ちゃんを背負った俺がともに歩いている写真だった。


「クラスの男子のグループチャットにあげられたやつなんだが」


 なんだそれ、俺知らないぞ。一応俺もこのクラスの男子なんだけど。まあ、入れてもらったところで見もしないだろうけど。


 悲しくなんかないんだからねっ!


 とりあえず、ツンデレ少女風に心の中で言ってみたが、虚しさしか残らない。

 さて、写真は先週の金曜日、廣瀬姉弟と夕飯を共にした後駅に向かうときに撮られたものだろう。ただ、俺も廣瀬も横顔が写っているだけで、その横顔も影になっていて分かりづらい。こういう時はとぼけるに限る。


「これ本当に俺か? はっきり写ってないし雰囲気が似ているだけの別人じゃないか?」

「まあ、俺もそう思ってたんだ。だが次の写真を見ても同じことがいえるか?」


 画面をスライドすると次の写真が出てくる。


 いやー、携帯を使いこなしているなぁ。さすが最近の高校生。


 おっと、現実逃避をしている場合じゃない。次の写真は廣瀬姉弟とファミレスに入るところでばっちりと顔が写っている。知らないふりは出来そうに無いし、装飾品やらで前の写真の人物が俺と廣瀬だということが分かるだろう。


 しかし、高校生には肖像権っていう概念がないのか? 盗撮とか立派な肖像権侵害だぞ。


「ついでにだ、駅前のファミレスでバイトしてる奴がお前らのオーダーを取ったらしい。君ら気づいてなかったみたいだけどな」

「はぁ、俺がおぶってたのは廣瀬さんの妹さんだ。放課後たまたま会って向こうの提案で一緒に夕飯食ったんだよ。嘘だと思うなら廣瀬さんに聞いてみろ」


 そう言って机に突っ伏す。先程から教室内からやたらと視線を感じるし、聞き耳は立てられるし、やってられん。どうしてみんな人の事を探りたがるんだ。写真まで撮りだすし……。

 これが仮に俺じゃなく篠崎だったら、もっと大騒ぎになり、ほかのクラスの連中が廊下まで見に来たり、聞き耳を立てたりするのだろう。そう考えるとモテなくてよかったと思える。


「おっはよー、雨音。それに篠崎君も」


 突っ伏している俺に話しかけてきたのは、もう一人の渦中の人物廣瀬だ。教室内のざわつきはさらに大きくなる。


「あー、おはよう」

「廣瀬さん、おはよう」


 今日はあーしさん一派と一緒じゃないんだな、と思いつつ辺りを見渡すと、あからさまに機嫌の悪いあーしさんの機嫌を取ろうと取り巻きたちがいろいろしている。グループに属するのも大変そうだ。


「雨音、これ朱莉と拓弥から。今度は遊んで欲しいって」


 体を起こして廣瀬からずいぶんと可愛げな封筒をもらう。開けてみると2枚の紙に絵と遊びたいといった旨の言葉がつづられている。


「もし良かったら遊んであげて、2人ともいつ会えるのかずっと聞いてくるから」

「お二人さんや、何の話だ? この写真と関係ある?」


 篠崎が俺と廣瀬の話に写真の写し出された携帯を片手に割り込んでくる。


「えっ、なんで。その写真……」

「この間のやつだ。肖像権も知らん阿呆が撮って出回ってるらしい」

「言い方! まあ俺も雨音に同意だけど」


 同意ならいいじゃねぇか。なんかの主人公も直接聞かせないとダメージを与えられないって言ってたぞ。まあ、残念なことに直接言う勇気は湧かないのだが。そもそもこの写真撮ったのが誰か知らん。まあ、この教室内にいるのは違いない。

 しかし、篠崎が同意してくれたのも中々効果がありそうだ。こいつ女子からの人気だけは桁違いだからな。女子から嫌われたくない年頃の男子高校生からすれば、女子に人気のある篠崎が悪だと言ったということは、女子から悪だと言われたようなものだろう。知らんけど。


「この写真の子は結局誰なんだ?」

「あー、私の一番下の妹だよ。寝ちゃったのを雨音がおぶってくれたの」

「雨音、いつの間に家族ぐるみの付き合いになってたんだ?」


 篠崎、余計なことを言うな。せっかく周りが納得して終わるとこだったのに。


「違っ。まだ、そういうのじゃないから」


 まだってなんだよ、まだって。ついうっかり、将来的にそうなる予定でもあるんじゃないかって勘違いしそうになる。

 そんな莫迦な考えをかき消すのを手伝うように、朝のHRホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。

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