第12話

 4限の終わりを告げるチャイムと共に担当教師が教室を後にし、昼休み。連休中の練習についてミーティングはあるとかで、篠崎は教室を出て行ってしまった。

 俺も昼飯確保のために教室を後にしようと席を立つと、最近となってはすっかり見慣れた金髪を揺らして廣瀬がこちらに歩いてくる。


「雨音」


 まあ、誰かに用があるんだろうと思い、素通りして購買を目指そうとしたところ、肩をたたかれ声を掛けられる。


「なに?」

「これ」


 ぶっきらぼうに差し出されたのは、ずいぶんと可愛げな巾着。


「金曜日のお礼っていうの? 朱莉と拓弥の相手してくれたじゃん。それで、その、雨音お弁当持ってくるのやめたみたいだし」


 毛先を指でくるくるしながら、そんなことを言ってくる廣瀬。


「礼をされるようなことじゃないだろ。それにあの手紙で十分だと思うんだけど。まあ、作ってきてくれたんだし、ありがたく頂戴するけど」


 篠崎が部活でいない中で俺に話しかけてくるあたり、礼ってのは嘘じゃないんだろう。


「あ、あとさ、その、一緒に食べない?」


 つい身構える。一緒に食べないか誘われるって何事だよ。

 教室内の女子が興味津々と言わんばかりに視線をこちらに向けてくる。

 君たちの想像しているようなことじゃないと思うよ。とはいえ、飯を食っている間もこの視線に晒されるのはなぁ。


「ダメかな?」


 廣瀬の言葉とともに、教室の端から鋭いあーしさんの視線が飛んでくる。


「まあ、いいけど」


 別に廣瀬の上目遣いにグッときた訳じゃない。ただ、あーしさんが怖かっただけ。そう何度も自分に言い聞かせてから、席に戻ると、廣瀬は篠崎の椅子をこちらに向けて座る。

 近くない? これやっぱり机小さいよ。もう一回り分くらい天板の奥行があるのに買い替えた方がいいと思うな。


「いただきます」

「えっと、召し上がれ?」


 なんで疑問形なんだよ。まあ、確かになんとなく分かるけど。人に自分が作ったご飯を食べてもらう時ってなんて言うのが正解なの?

 弁当箱を開けると、この間のより上達した料理の数々。メインの唐揚げから手を付ける。


「うん、美味いな」

「ありがと。ところで、従兄妹さんへのプレゼントは決まったの?」

「祐奈が提案してきたブロックにした」

「なるほど、それなら外れることは無いね」


 まあ、代わりに高くついたけど、と返しておく。しかし、本当に高かった。セール中で割引価格買えたからよかったけど、普通に買ったら二人分は予算内で用意できなかったぞ。あの二人、共有するって考えが無いから同じもの二つ買わないと喧嘩始めるんだよなぁ……。



 ほかにも他愛のない話をいくつかしながら、廣瀬の弁当を平らげた。



 弁当を食い終わっても廣瀬は席を離れる様子はない。

 共通点が少ないからか、共通の話題もすでに尽きているし、割と限界なんだけど。そろそろ現実世界にも会話の選択肢カード実装しない?


「あのさ、雨音」


 沈黙に耐えかね口を開いたのは廣瀬だ。気を使わせて申し訳ないが許してほしい。俺にはもういくら絞り出そうと話題の一つも出てこないんだ。


「れっ、連絡先交換しない?」

「なんで?」


 つい反射的にそう聞いてしまった。


「なんでって、あったほうが便利じゃん」

「いや、でも前話したけど家じゃ基本目覚まし時計だし、あんまり反応できないぞ。まあ、それでいいなら追加してくれ」


 連絡先を開いて携帯を差し出す。いまだに連絡先の追加方法知らないんだよね。


「えっ、チャットアプリ無いの?」

「そこに無ければ無いな。多分、使わないから入れてないんだと思う」


 なに、最近の高校生は既存のじゃ連絡しないの? そういえば祐奈が他の連絡ツールもないの? みたいなこと言ってたっけか。


「はい、出来た。雨音だけメールと電話ってのも特別っぽくていいかもね」


 もう出来たの? 早くない? さすがは女子高生だ、打つのが早い。女子高生は携帯で連絡が取りやすいように、指が進化してるって話は本当なのかもしれん。調べて学会で発表したら世紀の大発見になるかもしれん。でも、調べるには、女子高生に話しかけなきゃいけないから、俺じゃ無理ですね。


「左様で」


 とりあえず返してもらった携帯を開き連絡先を確認する。五十音順の一番下に廣瀬芽衣の文字が追加された。登録されている連絡先が少なすぎるのでスライドをせずとも見ることができる。

 ほぼ1年ぶりに連絡先が追加された携帯をしまおうとすると、メールの受信を告げるピロン、という音が鳴る。


 たまに連絡とかするかもだけど、気づいたら返事してね! 無視とかするなよー!


 送り主は先ほど満足気に自分の属するグループへと戻っていった廣瀬だ。

 俺がメールを読んでいることに気づくと、こちらを向いてにっこりと笑った。

 俺じゃなかったら絶対勘違いしてしまうレベルの笑顔だ。というか、俺も一瞬莫迦な想像が脳裏をよぎったが、頭をブンブンと振って飛ばしておいた。

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