第39話

 タンデム自転車は新芽を出し始めた木々の道を通って、風を切りながらもゆっくりと進んでいく。


「この辺りはイチョウの木なんだって。秋はさっきのゲートから一面の紅葉が見られるって」


 後ろから聞こえてくる声に、じゃあ、ちょっと気が早いけどまた一緒に見にくるか、なんて返せば、うん! と元気な返事がさらに返ってくる。

 サイクリングコースから少し離れた歩行者用の園路では、開園して間もないからか、進んでいくにつれて少し人混みも少しはマシになっているようだ。


「最初はこの辺か」


 ゆっくりとブレーキに力を入れて、大きな池のほとりの駐輪場に自転車を止める。


「タンデム自転車どう?」

「面白いけど、前はちょっと緊張するな。なんというか責任感がな」

「じゃあ、今度は私が前でもいい?」


 芽衣の言葉に、いいよ、と頷きながら園路へと出ると、青く澄み渡った空のキャンバスに白い満開の花を咲かせたハクモクレンが真っ先に視界に飛び込んでくる。


「おー、綺麗!」

「あぁ、すごいな」


 周りの人たちと同じように、足を止めてゆっくりとその景色を楽しむ。


「どうせなら、デジカメとか持ってきたら、もっと楽しかったかもな」

「あー、それもそうかも。まあ、一応携帯でも撮ってみよっか」


 芽衣はそう言いながら携帯のレンズを上へと向けて、カシャリとシャッター音を響かせる。だが、レンズ越しに収まったものは芽衣のお眼鏡には叶わなかったようで、もう一枚という声とシャッター音が何度も耳に届く。

 少しヤケになりながらも、真剣に写真を撮りはじめた芽衣を携帯の画面に写してシャッターを切る。芽衣が少しふくれっ面な気もするが、まあ、いい写真だろう。


「ごめん、ちょっと夢中になってた」

「いいよ。納得がいくのは撮れた?」


 シャッター音で我に返った芽衣に言葉を返しながら画面を覗き込めば、駐輪場から登ってきて、園路に出た瞬間に視界に飛び込んだ景色がそのままに切り抜かれていた。


「うん、ばっちり。壮太の方はいいの撮れた?」

「まあ、ぼちぼち」

「ちょっと見せてよ」


 そう言いながら覗き込んだ芽衣は、自分が映る写真を見て、ちょっとー、と満更でもなさそうながらも抗議の声を上げる。


「嫌なら消すけど」

「消さないでいいけど、ちゃんとしてるのも撮ってよね」

「はいはい」


 立ち止まってのやり取りはこの辺にしておき、園内の池に沿うように伸びる園路を時計回りになるように進んでいく。園路の周りを彩る木々はハクモクレンだけではないようで、ウメやツバキも少し見頃を過ぎてしまったとはいえ、綺麗な花をつけている。


「あっ、ボートだ」


 すれ違った人の発した声につられて池を見れば、スイスイと泳ぐ水鳥のそばをゆっくりとボートが進んでいる。ボートに乗るのも楽しそうだが、バランスを崩さずに漕ぎ続けるのはなかなかに難しそうで、見ているだけで十分な気もする。


「乗りたいの?」


 少し不安げな声色で訪ねてきた芽衣に、ただ眺めていただけだと伝えれば、繋がれた手はより一層強く握りしめられる。


「なんかあるのか? さっきからちょっと変だぞ」

「いや、大丈夫」

「まあ、それならいいけど、なんかあるなら言えそうなときに言ってくれよ。ちゃんと聞くから」

「うん。……あっ、じゃあ、ソフトクリーム食べない?」


 芽衣の視線は池から少しずれて、ボートハウスに併設された売店の旗を捉えている。

 そういうことではないのだけれど、まあ、天気もいいし、小腹を満たすには丁度いいかもしれない。


「私はチョコにするけど、壮太はどうする? また抹茶?」

「よく覚えてるな……。でも、今日はバニラで」

「じゃあ買ってくるね」


 芽衣はそう言って手を解き売店に向かって行く。ついて行っても良かったのだが、ちょっと気になることもあって、待たせてもらうことに。



「おまたせ。暖かいからかな? ちょっと混んでた」


 携帯でダラダラと気になったことを調べていると、両手にソフトクリームを持った芽衣が戻ってきた。


「みんな考えることは一緒か。ありがとな」

「いいよ、普段は壮太が買ってくれてるんだし」


 それでもだよ、と返してからソフトクリームを口に運ぶ。暖かな日差しを浴びていたからか、程よい甘さと冷たさが口の中に広がり、すぐに次のひと口が欲しくなる。


「美味しいね」

「あぁ、美味いな。ひと口食べる?」

「じゃあ、貰おっかな」


 小さく口を開けた芽衣の口元にソフトクリームを運ぶ。芽衣の顔がゆっくりと持ち上がれば、食べかけの白いバニラソフトには、薄ピンクの痕が残される。


「うん、美味しい。壮太も食べる?」

「じゃあ、一口だけ」


 先ほどの芽衣と同じように、チョコソフトを一口食べると、あっ、カップルだ、ヒューヒュー、なんて幼い声がいくつか聞こえてくる。

 まあ、カップルなのは間違ってないからいいんだが、そうも囃し立てられると少し恥ずかしい気がしてくる。

 口の中に広がるチョコの甘さを楽しみながら、ゆっくりと頭を上げて声の主の方を見れば、朱莉ちゃんと同い年くらいの子どもたち。よく見れば、エプロンをした保育士らしき人たちが引率をしているらしい。


「ちょっと恥ずかしいね」

「ああ。悪気はないんだろうけど、ちょっとな」


 すれ違っていく子どもたちに軽く手を振りながら、またソフトクリーム片手に歩いていると、視界の隅に大きなゲートが見えてくる。


「ここ、プールまであるのか」

「結構広そうだね」

「今度はこっちに来てもいいかもな」

「次の予定、決めてばっかりだね」

「嫌だったか?」

「そんなことないけど」


 じゃあ、決まりだな、なんて言葉と共に、手元にわずかに残っていたコーンを口に放って、また芽衣の手を取る。

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