第38話

 いつの間にやら吹き終わっていた春一番のおかげか、二、三週間前と同じ格好で出歩けば少し汗ばみそうなほどに暖かく、空には雲の姿もほとんどない晴天。つまるところ、絶好のお出かけ日和。

 駅前の大きな時計は間もなく集合時間の十時を知らせようとしている。

 休日だからか、ターミナル駅だからかは分からないが、集合場所に指定されたここは、どこを見ても人ばかり。しかも、人影は増える一方だ。

 芽衣を待たせないように早く来たはいいものの、あと十分もここにいれば人混みにあてられてしまいそうだ。


「お待たせ」


 芽衣は俺の姿を見つけるや否や、少し駆け足でこちらにやってくる。

 デニム生地のズボンに白いTシャツを身にまとい、羽織ったパーカーと大きめの籐編みのバックを揺らしながら芽衣はこちらにやってくる。春らしくも、ずいぶんと動きやすそうな格好だ。


「俺もさっき来たところだよ」

「そっか。じゃあ行こっ」


 はいよ、と頷いて芽衣の隣を歩く。

 歩調を合わせた足は駅前の繁華街からは少し外れた方へと運ばれていく。

 昨晩行きたいところがあるから動きやすい格好で、なんて電話越しに言われたから、てっきりストレス発散にボーリングでもしに行くのかと思ったが、ボーリング場は繁華街の中。


「こっちで良いのか?」

「うん」


 そちらには目もくれず自信満々に頷いた芽衣をみるに、今日の目的地はそうではないらしい。


「そういえば、芽衣。その格好似合ってるよ。ちょっと新鮮だけど」

「ありがと。壮太も似合ってるよ」

「おう、ありがとな。ところで、今日はどこ行くつもりなんだ?」

「あそこだよ」


 そういう芽衣の視線の先には、国営公園の案内看板がある。アクセスのしやすさと広大な敷地面積に、豊かな自然。曰く、ハイキングデートのデートスポットとして有名らしい。


「試験も終わったし、外でちょっと体を動かしたりのんびりするのも悪くないでしょ」

「まあ、確かに面白いかもな。普段は来ないし」


 俺の返事を聞いて満足げに微笑んだ芽衣に連れられるがままに、公園へと足を踏み入れる。

 冬の間、冷たい地面を隠していた枯れ芝は、春の訪れに合わせて新芽がその姿を見せ、舗装された道のひびからは土筆が顔を出している。そして、子連れの家族やカップルが、レジャーシートを敷いて話し込んでいたり、楽しそうに駆け回っていたりとそれぞれにこの場を楽しんでいる。


「チケットは持ってるから早く行こ」


 公園を賑わわせている人たちを横目で眺めていると、有料エリアのチケットを揺らす芽衣に少し強引に手を引かれる。



 ゲートをくぐり有料エリアへと足を踏み入れれば、賑わいはより一層増していく。


「どこから見ていく? 場所によっては結構な距離あるぞ」

「あちこちに見頃のお花があるみたいだし、壮太さえよければ順番に見ていきたいんだけど」

「俺は良いけど、歩くにはしんどくないか?」

「自転車借りていく予定だったし」


 そういう芽衣の視線を追えば、サイクルセンターが目に入る。どうやら、ここで自転車を借りられるらしい。


「色々考えてくれてたんだな。ありがと」

「まあ、うん。……それより、早く行こ」


 一瞬複雑そうな表情を見せたような気がしたのだが、待ちきれない子供のように、歩みを速める姿は、それを気のせいだと言っているようだった。


「タンデム自転車残ってるし、これにしない?」

「俺は乗ったことないけど平気なの?」


 赤いタンデム自転車の前で、声をかけてきた芽衣に聞いてみれば、今度は後ろから別の声が耳に届く。


「普通の自転車に乗れれば大丈夫ですよ。多少の信頼関係は必要ですが、お兄さんとお姉さんなら問題ないかと」


 ここの従業員なのか、優しく答えてくれたお姉さん。その視線は、俺と芽衣の繋がれた手を捉えている。

 デートの時はだいたい手を繋いでいるとはいえ、そうも見られると、少し気恥しくなってくる。それは芽衣も同じようで、お姉さんから逃げるように逸らした視線がぶつかる。

 気恥ずかしさを誤魔化すように、じゃあ、これで、と答えて芽衣のバックを前かごに入れる。それから、手をほどいた芽衣が後ろに座ったのを確認してハンドルを握る。


「では、いってらっしゃい」


 お姉さんのそんな声に見送られながら、ゆっくりとペダルに力を入れれば、それに合わせてゆっくりと自転車は動き出す。

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